見出し画像

好きを極めたら強くなれる ニューヒーロー登場!【#歴史小説が好き】

むかし近所に、編み物をする青年が住んでいた。
私がはじめて彼を見かけたのは、もより駅での出来事。
歩きながら器用に編み針を動かし、定期券で改札口を通る時だけ手を止めて、通過した後は颯爽とまた編み物に没頭して去って行った。
電車を待つホームの向こう側でも、彼は一心不乱に編んでいる。

二宮金次郎の編み物版だ!と驚いた。

私が勝手に、女の子の趣味だと思っていた編み物に、男性が取り組んでいることに当時はビックリしたものだ。
ただ夢中になって編むその姿は、神々しささえ感じられた。

「あれはね"編み物くん"って言うんだよ」

ボーゼンと彼を見つめる私に教えてくれたのは、同じ駅を利用する同僚だった。
彼女曰く、公園でもブランコを漕ぎながら彼は編み物をしていたとか。
近所でも有名で、密かに"編み物くん"との呼称がついたという。
まじか。
これは、10年以上前の出来事である。

最近、横山起也・著『編み物ざむらい』を読んだ。

時は江戸時代。
ある出来事がきっかけで、親に勘当されてしまった武士の黒瀬感九郎は、行くあてもなく川のほとりで編み物をしていた。

武家とはいえ、与えられる給金が少ないため、「女子どもの手仕事」となじられながら、内職をして生計を立てている。
真面目で繊細、几帳面な彼が生み出す手仕事が元になって、悪を暴く異能集団の一員になるというお話。
時代ものとはいえ、堅苦しくない。
"必殺仕事人"みたいな話と言えば伝わるかしら。

この感九郎、キレイな顔立ちをして、特技は編み物。ナイーブで、どこかなよっとしているのかと思われるが、なかなかどうして骨のある人物なのだ。
剣術は得意ではないと言いつつ、かつての師から小太刀術を会得している。ピンチ!の場面で機転をきかせ、自ら窮地を脱する。
自分ができること、できないことを冷静に分析し、弱い自分を自覚しながら、駄目なものは駄目と強い者に立ち向かっていくのだ。

刀を振り回すだけが、武士じゃない。
弱いけど強い、ニューヒーローの誕生だ。

親から評価されず、自己肯定感が低いのが玉にキズ。でも放逐された今も、古い友や許嫁に慕われ、また新しい仲間ができつつある。

編み物。
私は少しばかりしかできないけれど、夢中になって針と毛糸に向かう時間は、穏やかに内省ができて、好きな時間だ。
落ち着くし、心の拠り所にもなる。
感九郎の冷静な分析も、内省を繰り返してきた結果なのだと思う。

生きづらさを抱える若者って、現代にも通ずるテーマだ。
編み物 ✕ 時代劇って、食わず嫌いせずに、いろんな方に読んでいただきたい作品である。
読みやすくて、あっという間に読み終えそうで、もったいからちびちび読んだ。
出てくるキャラの数々も立っていて、マンガにすると面白そう!
異能が芽生えはじめた感九郎の今後の活躍に注目だ。

なんと、これが著者のデビュー作だそうな。
楽しみな作家が出てきた。続きを心待ちにしたい。

ちなみに冒頭で書いた、"編み物くん"。
当時は大学生で、通学の合間に編んでいたそう。ある日、地域のフリーペーパーで取り上げられていた。
「あの"編み物くん"が話題に!」
同僚たちと盛り上がった。
注目しているのは、私たちだけじゃなかったのである。

好きを極めると、強みになる。

今じゃ見かけなくなった彼。
リッパな社会人になっているだろうか。
編み物じゃなくても、夢中になれること、やってるといいなと思っている。


この記事が参加している募集

#読書感想文

188,210件

#歴史小説が好き

1,209件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?