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夏は長編漫画でひんやり【#推しのホラーマンガ】

どうにも寝苦しい夜だった。
幼い日、家族で田舎の親戚の家に泊まりに行った時のこと。

その家は縁側のある伝統的な日本家屋のつくりで、普段マンション暮らしの私には、畳の上に敷いた布団も落ち着かない。
一旦眠りについた後、暑さで目覚めてからは、すっかり目が冴えてしまった。

…眠れない。
朝まで、まだ時間はあるのに。
隣を見ると他の家族は寝息をたて、熟睡しているようだった。

気づけば首の辺りが、じっとりと寝汗で濡れている。ゴロゴロと寝返りを打ち過ぎて、布団は自分の体温で温まっていた。
私は不快な寝床を抜け出して、月明かりを頼りにほとほとと縁側に向かった。
裸足に木がひんやりとして心地いい。
私は思いきって、腕と足を伸ばして寝っ転がった。


しばらく、うとうとしただろうか。
不意に誰かに呼ばれた気がして、目を開ける。

目の前に覗き込んでいる顔があった。
無表情の見知らぬ女である。
びっくりして声が出ぬまま、私は意識を失った。

「こんな所で寝て!」
母に叩き起こされた時には、あたりはすっかり明るくなっていた。
冷たい床の上で、朝を迎えてしまったらしい。

ぼんやりする頭で鮮明に思い出されるのは、顔を覗き込まれたこと。
だが、その女の顔を覚えてはいない。

朝食の席で、皆に尋ねたが誰も縁側で寝ていた私のことなど知らないという。
私を覗き込んでいたあの女は、いったい誰だったんだろう。

急に昔の出来事を思い出したのは、久々に本棚から取り出した、今市子・著『百鬼夜行抄』を読んだからかも知れない。



主人公、飯嶋 律は妖怪を見ることが出来る。
彼の亡き祖父は、妖魔と交流できる強大な力をもった幻想作家だった。律はその祖父の血を色濃く受け継いでいる。
だが受け継いではいるものの、律に妖魔を退治する力はない。怪異とは関わりたくない彼の思いとは裏腹に、さまざまな事件に巻き込まれてしまう1話完結の物語だ。

妖怪が出てきて、シリアスに命のやりとりをする場面も描かれるので、いわゆるホラー漫画と言えるだろう。

しかし、おどろおどろしいだけじゃない。
妖怪の存在に気づいているのかいないのか、家族や親戚とのやりとりは何とも肩の力が抜けたものだ。
また律を「若」と呼んで慕う烏天狗の家来は愉快だし、祖父に頼まれ渋々、律を守り続ける式神は憎めない存在で、毎回コミカルな展開が楽しめる。

高校生だった律も成長して、今や民俗学を研究する大学生となり、息の長い作品として続いている。

このシリーズの中に、『夏の手鏡』という話がある。
暑い夏の昼下がり、飯嶋家に白い日傘をさした和服姿の女が訪ねてくる。

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昼寝をしていた幼い律は、その女が怖い存在だと直感する。
ある夏、成長した律の前に再び女が現れて、というお話。

律の亡き祖父と交わした約束を果たすため現れるのだが、この女が、なんとも不気味で恐ろしい。

自分を守ってくれていた存在は、もういない。
律はこのピンチをどう脱するのか。

あぁ。かつての思い出が頭をよぎったのは、この話を読んだせいか。

このシリーズ、謎が多くて、巻を重ねる毎に難解になっている気がする。
だが刊行されると、ついつい手に取ってしまう作品でもある。ひんやりしたい暑いさなかに読むには、ピッタリのシリーズだ。

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