願い事の精度

ポテトチップは少し湿気ていたが、冷めてしまったコーヒーにはちょうどよかった。噛むと、ぱす、という頼りない音がする。
「まぁ、よくある話ですよ、それは。話というか…案というかお願いというか」
ですよねー、と言って、未希は抱えていたクッションに顔をうずめた。魔法使いはもう一枚ポテトチップを食べて、マグカップからコーヒーを啜った。

「願いを叶える系の定番ですよね。好きな人の好きな人を知りたい、とか、彼氏のスマホのパスコード知りたい、とか。未希さんくらいの年齢の女性からのご依頼ではやっぱり多いです」
魔法使いにしてみれば、相手の願い事を叶えてやればそれでいいわけだが、最近は自力で決められない人間が多い。カウンセリングというかコンサルティングというかプランニングというか、相手に寄り添う姿勢で接することが結局はクロージングの近道だと知っている。
「そりゃ、見たいんですよ、スマホ。祐樹君モテるし、あたしの前は、バイト先で知り合った子とけっこう長く付き合ってたらしいんですよね。最近なんか連絡少なくて、会社も違うし、忙しいからって言われると、こっちもそんなに深く訊けない空気感じちゃって」
「そうですよね気になりますよね、そういう変化があると。もちろん、そのお願いを叶えることはできるんですけど、一方で、叶った後のことはわれわれ保証できないんですよ、原理的に」
「あー、後になって、やっぱり知らなければよかったー…みたいなのはなし、ってことですよね」
未希が抱えているクッションは淡いピンク色で、ものすごく大きなマカロンのようなかたちをしている。両手でほわほわもてあそびながらも、願い事の精度と事後に起こりえる可能性をきちんと検討しているようだった。コーヒー、もう一杯いります?と訊かれたが、魔法使いはお気遣いなく、と断った。夜中が夜明けになりそうな午前3時40分、未希は時間を気にする様子もなく自分のマグカップに3杯目のコーヒーを淹れようとしている。

「これは個人的な意見ですけど、見えないから良い、わからないから良い、ってこともあると思うんですよ、経験的には。すっきりした!良かった!というタイプの方もいますが、少数派かな…どちらかというと」
「確かに、祐樹君のスマホを見れたとして、それでどうする?っていうプランは先に考えとかないといけないですよね。浮気してたらどうするのか、してなかったとして今まで通り接することができるのかって、結局、自分自身の問題じゃないですか」
「そうそうそう、そうなんですよ。魔法使いの担当領域って、ドアの鍵を渡すまで、って感じなんですよね。開けられる状態にはして差し上げられるんだけど、ドアを開けた先にある未来まではサポートできないんです。だからこそ、事前のすりあわせが大事なんだなって感じてて、日頃からそこを丁寧に進めていくよう心がけているんです」
割れたポテトチップをつまみあげ、魔法使いは力説した。魔法で叶えられることなんて、湿気たポテトチップのかけらほどのものでしかない。大切なのは、本人の決断力であり、行動のマネジメントであり、願いを叶える前の期待値コントロールだ。仕事とはいえ、魔法使いにしても、願いを叶えた相手に喜んでもらいたい。
「すごいなぁ…見習います。先手というか、リスクをつぶすというか、どんな仕事でも大事ですよね、そういうのって」
しきりにうなずきながら、未希もポテトチップを一枚食べた。むぐむぐと音もなく嚙みながら、クッションを抱きしめ、どうしよっかなー、とつぶやいている。

ノルマとして割り振られたクライアントがどんなタイプで、最終的にどんな決断をするのか、魔法使いはもちろんあらかじめ知ることができる。毎回、接触する前に知りたい気持ちが一瞬くらいは湧き上がるが、知らないまま仕事を始める魔法使いが多い。結末がわかっている商談なんて、おもしろくないからだ。結局のところ、答えも未来もわからない時、どうしようと逡巡して、それでもどうにか答えを出そうともじゃもじゃしている時が一番楽しいんじゃないか、と、魔法使いは思っている。
どうしようどうしようと足をばたつかせてもがいている未希を見ながら、魔法使いは、やっぱりもう一杯コーヒーもらえます? とお願いした。

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