ガタロ絵画展 ヒロシマ 美しき清掃の具
ガタロは広島生まれの今年65歳。ショッピングセンターを掃除する仕事をしながら雑巾やモップといった清掃用具などの絵を30年にわたって描き続けてきた。これまであまり知られることはなかったが、2013年に放送されたNHKによる番組「ETV特集ガタロさんが描く町」で大きな注目を集め、この度都内と横浜市の2カ所で相次いで個展が催された。本展では絵画やオブジェなど60点あまりが展示された。
ガタロの絵の特徴は、力強く太い描線とていねいで繊細な画面構成。双方は相矛盾するように思われがちだが、ガタロの絵にはそれらがみごとに統合されている。同じ画材で原爆ドームの剥き出しの鉄骨と水に濡れたモップの繊維を描き分けるほど描写力も高い。そのため汚れを落とす道具や廃れたもの、周縁化された人を神々しく描くというコンセプトがありありと伝わってくる。村山槐多やケート・コルヴィッツを連想させる画風だ。
本展の白眉は《豚児の村》(1985)。ベニヤ板を3枚並べた大きな画面に、原爆ドームと平和大橋、福島第一原発から流れ出る汚染水、そして豚が描かれている。豚が人間の強欲を表わしていることは理解できるにしても、80年代からすでに原爆と原発をめぐる核の問題を絵画の主題としていたことには新鮮な驚きを感じた。この絵には、私たちの過去と現在が凝縮しているのである。
かつて美学者の中井正一は、「利潤を求めて技術が、その盲目の発展をするとき、それは鼻の先に肉を下げられた豚が真直ぐに突っ込むように、それは盲目である」と指摘したうえで、「芸術家とは20年も先んじて人びとの憂いに先んじて憂い、人びとの喜びに先んじて微笑むのである」と書いた(「文化のたたかい」)。おのれが豚であることを心の奥底で感じている者は、おそらく少なくない。ガタロの絵には、現代の人間像がはっきりと描き出されているのである。
初出:「artscape」2014年03月01日号
ガタロ絵画展 ヒロシマ 美しき清掃の具 会期:2014/01/14~2014/01/27
会場:ギャラリー古藤[東京都]
※写真はすべて「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン」展(Gallery AoMo、2019)より