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拝啓、1分後の私。【小説】

「まもなくあなたは死ぬわ。1分後にね。」
 1分。与えられた時間はわずか1分。突然訪れた死の宣告。

-10秒-


 この女が何者なのかも分からないし、この話が本当なのかも分からない。

 真夏の太陽がジリジリと照りつける昼下がり、自宅でクーラーをガンガンかけながら読書している中、不意に現れたこの女は一体何なんだ。

 白い長髪、少し垂れた青い目、スッとした鼻、薄ピンク色の唇で端正な顔立ち。そして、色白の肌、白のワンピースを着て、スラリとしたスタイル。極めつけに、真っ赤な鬼の面を頬に添わせて着けている。天使とも悪魔とも呼べる出で立ちだ。

 ――果たしてどちらなのだろう。それともそのどちらでもないのか。

 そんなことを考えていたら、10秒が過ぎていた。

-20秒-


 「その話は本当なの?」
 確かめないわけにはいかないから、一応確かめてみた。
 「ええ、本当よ。」
 しかし、確かめたところで答えは変わらなかった。受け入れられない現実。

 ――そんなはずはない、突然死ぬようなことは何もしていないはずだ。なぜ今日、なぜ今、なぜ私。

 ――まだ結婚もしていないし、それ以前にそんな関係になれるような人にも出会えていない。夢だって・・・。

 困惑を隠せないうちに、20秒。

-30秒-


 「あなた、あと30秒ほどで死ぬのよ。何かしなくていいのかしら?」
 再び突きつけられる現実。

 あと30秒ほどしかない。困惑している場合ではない。

 ――こうなったら覚悟を決めなければ。ようやく決心することが出来た。
 「何か、しよう。」
 固い意志を持ちつつ、小さくつぶやく。覚悟は決めた。悔いを残さないために何かしよう。

 こうして30秒が過ぎた。

-40秒-


 とは言え、あと30秒で一体何が出来るって言うんだ。何をしたいのか、何をすれば悔いが残らないだろうか。

 人生最後にやりたいことを考えながら生きてきた訳じゃないから、そんなすぐに出てくるはずがない。

 どうしよう、どうする。

 そうこうしているうちに、残り20秒を迎えた。

-50秒-


 「あと20秒よ。大丈夫?」
 「分かってる!分かってるってば!大丈夫じゃない!」
 煽られ、苛立つ。

 あと20秒。あと20秒しかない。何か、何かを・・・。

 無意識に、近くにあったペンとメモを手に取った。限られた時間で出来ることはこれしかない。

 考えれば他にも選択肢があったのかもしれないが、もうそれしかないように思えた。

 あと10秒。

-60秒-


 「育ててくれてありがとう。けっこんし」
 メモの途中で意識が遠のく。10秒でこれしか書けなかった。

 1分で絞り出して出てきたものは、感謝の気持ちと後悔の念。20年ちょっとの人生と、たったの1分はあっという間であった。

 「それが、あなたの答えなのね。」

 謎の女の声が微かに聴こえた。

 「人生とは儚いもの。人間は愚かだから、成すべきことを後回しにしたり、漫然と日々を過ごしたりしている。でも、明日が必ずやってくるとは限らないのよ。いつ死んだっておかしくないの。そう考えたら、たとえ1分でも、死ぬまでの猶予を与えられたあなたはラッキーよ。」
 

 謎の女の話を聞き終えることなく、20年とちょっとの人生が、終わった。

 「あなたは何も悪いことをしていない。たまたま選ばれたのよ。私もそうだった。突然鬼の面を付けた女が現れて、死ぬまで1分の時間を与えられた。といっても、私は自殺しようとしていたから、1分経つ前に自殺したけど。やっと死ぬことが出来たと思っていたら、この姿になっていたの。もう一度だけ、人として生きる宿命があるそうよ。それも、自分の人生ではなく、誰かの人生で。だから、私があなたになって、あなたが叶えたかったこと、叶えるわね。1分後のあなたは、私。あなたはこれからどうなるかしら。」

 ミーンミンミン・・・
 残りわずかな命を強く生き、燃やしきるかのように、セミが、鳴いている。

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