『ホドロフスキーのサイコマジック』を観た

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『リアリティのダンス』を観たときも『エンドレス・ポエトリー』を観た時も,実はなぜホドロフスキーが象徴的なシーンを重ねて自身の幼い頃の心情を説明するのかがよくわからなかったんだけど、あれは自身の過去とうまく向き合うために表現を使っていたのかもしれない.ホドロフスキーはユダヤ人で若い頃は苦労したっぽい.

(ここからはネタバレになるかもしれない)

おそらく繊細なホドロフスキー自身が映画の中で表現を行うことで過去の出来事と向き合うことができて,彼自身がその表現に救われたんだろうと思う.治療(と言っていいのかわからないが)として,その表現を他人に適用して心の傷を癒すことをサイコマジックと呼び,実践している.わかりやすく言えばそんな感じ.

対象となった人は,家族に愛されなかった男性や女性,自殺願望がある男性,結婚式の前夜に婚約者が自殺した女性,6歳から吃音に悩まされている47歳の男性,88歳で酷いうつ病の人,ざっくり言えば「過去の辛い出来事と向き合えていない人」であった.自分がこれまでの映画の中で実践した芸術を体験させる.つまり彼が自分自身に行なってきたケアを他人に行っている.

精神的に弱っている対象者の10人にインタビューするシーンがある.その映像がとても良かった.インタビュアーがめちゃくちゃ優秀なだろうか.昔の話だが,長い間後悔していた出来事を友達に打ち明けたことがあり,その時のことを思い出した.トラウマ(みたいなもの)のケアは難しく,彼が長い間行っている芸術はそれを克服する力があるという話だ.

Filmarksの評を見ていると「芸術不要論への十分なアンサーになりうるのでは」と書かれており,それは部分的にそうだと思うのだが,ありとあらゆるものに「それは役に立つのか」を問うのはあまり好きではないかな,しかしそのような取り組みも実践しているということを知れて良かった.そういう実践的な姿勢は大好き.


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