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個人経営のセレクトショップが、売れない服を仕入れるわけ

「こう言っちゃなんですけど、この服売れるんですか?」

お店の名誉のためにあらかじめ断っておくと、その服は確かに格好良い。

これが綿?と疑いたくなるほど手触りの良い生地を使い、ざっくりローゲージに編み込んだベストは誰が見ても丁寧に作られているのが分かる。聞けば1点1点手編みで作られているという。

戯れに試着させてもらうと、ゆったりしたサイジングが絶妙なバランス。なるほどこういう着こなしもありなのかと、一気にファッションの視点が広がったように感じた。

ただそれと同時に、その服が売れない理由は片手で足りないほどあるようにも思えた。

厚手のコットンニット生地は、日本の夏に着るには暑すぎる。ニットベストというのも着こなしが難しそうだし、丈もお尻にかかるほど長い。鮮やかな赤とネイビーのツートンカラーもなかなか奇抜である。そして何より、1着12万円は高すぎる。

普段ならこんなことは言わないが、当時何度か通っていた店でスタッフとも面識があった。そんなわけでつい口をついて出たのが、冒頭のひとことである。

ーーー

『うーん、多分売れないと思うよ』

およそ残念がる様子もなく淡々とそう話すスタッフを見るにつけ、不思議さは増すばかりだ。そこは大きな資本が入っているわけでもない個人経営のセレクトショップ。ただの客が心配することではないが、売れない商品を買うような余裕はないはず。

「なんで売れないと分かってる服を仕入れるんですか?」

不思議そうに質問するぼくの表情を見て、そのスタッフは虚をつかれたような顔をした。まるでそれを不思議だと思っていることが不思議だ、というような顔である。

『売れる服だけ、お客さんが欲しがる服だけを置くこともそりゃできるだろうけど、それじゃつまらないからね。いかにもお客さんが好きそうなものだけを並べるのは、それこそAmazonにだってできる。』

『店のことを思い出して、時間を使って来てもらってるからには、店にしかできないことをしたくて。だからぼくらは毎シーズンこの服みたいに、売れる売れないを無視したとびきり良い服を仕入れたり、お客さんの予想を裏切ることをしたい。』

『言ってしまえばこの服は、お店を構える者としての姿勢や、プライドみたいなものかもね。』

ーーー

話し込んでいるとぼくより後から入ってきた男性客が、その12万円の服を興味ありげに見ていた。かなり存在感のある服だ、やはりみんな気になるのだろう。

ぼくと話していたスタッフはスッと彼に近づき試着を促す。彼は恐る恐るその服に袖を通し、引いて見たり振り向いて見たりと一通り試着を堪能した後に、その服をラックに戻して店を出て行った。

何も買わずに出て行ったのに、彼の顔が心なしか嬉しそうにぼくには見えた。

『物はバツグンにいいけど、値段は高いし着こなしも難しい。だからもちろん売れにくいんだけど、良い服は試着するとワクワクするし新しい世界がパーっと広がったりする。』

『だから多くの人に試着してもらって、そんなファッションのワクワク感を感じて欲しいんだよね。さっきみたいにたくさんの人に試着してもらった結果、擦り切れてこの服が売り物にならなくなっても構わない。』

ーーー

気がつくと店内で小一時間話し込んでしまっていた。ぼくはその服をもう一度手に取る。良い服だなと改めて思いながら、そっと元のラックに服を戻して店を後にした。また季節の変わる頃に、この店に来たいと思った。

この店がぼくのファッション観を変えてしまうほど大好きな行きつけの店になることを、当時大学1年のぼくはまだ知らない。

今日の1枚

千葉に一人旅した時に見つけた素敵な雑貨セレクトショップ。個人が経営するショップは店ごとに考え方やセレクトが違うのが楽しい。使ったカメラはLEICA M6、フィルムはFUJICOLOR C200。

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