見出し画像

建築の,面白い本を紹介してみる3─想像力の極地を探求する『二笑亭綺譚』,『異形建築巡礼』

「二笑亭を見終わって、私は夕べの賑やかな街に出ても、私の頭には、何か鉄製の大きな〈たが〉が、はめられたように重苦しかった。我が家に帰ってきても、二笑亭の、度はずれた鉄材や石材を奇怪に用いた〈形〉を思い出すと、私の頭には、その狂える形が、不快に、重く、のしかかってきた。目をつぶっても、私の眼底には、妖気を含んだ残像が、おののき浮かんできて、身震いした。」
建築家・谷口吉郎による〈二笑亭〉についての文章

二笑亭とは昭和でも生粋の奇建築と呼ばれた建築である.この建築に注目した建築家・谷口吉郎は精神科医の式場隆三郎と共に取り壊し前のこの建築を調査し,「二笑亭綺譚」を記した.そこに記された二笑亭の特徴とは以下のようなものだ.

●敷地95.7坪に対し、建坪は約67坪(尺や間といった建物の単位に従っていない)
●木造2階建てにもかかわらず、物置と炊事場は鉄骨造
●正面二階の位置に配されたはめ殺しの大きなガラス窓三枚(五角形を組み合わせた形状)
●入り口に置かれた鉄製の半円形の雨よけ
●裏門に、出入りの邪魔になるように置かれた菱形の枠(◇の形)
●鉄棒をずらりと立てて作られた塀
●ガラス入りの節穴窓を空けた室内の壁
●和式洋式の風呂を隣に並べた和洋合体風呂
●屋根をこえてただ単に空に伸びたはしご
●傾いた違い棚
●土蔵の中の床から天井に伸びる昇れないはしご
●奥行きが異常に浅く使いようのない押入(家族の証言によれば、元は普通の押入だった。関東大震災後の区画整理計画を渡辺が拒み続け、建物の側面が強制取り壊しとなったことによる)
●中庭の離れに置かれ、扉が下半分しかない便所
●左右とも口を閉じた狛犬
●虫よけと称して黒砂糖と除虫菊を練りこんだ壁 など
(wikipediaより:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E7%AC%91%E4%BA%AD

あまりにも不合理につくられたその建築は近所から「牢」や「お化け屋敷」と呼ばれたそうだ.
このようなものが私たちに心に深く印象を残すのは何故だろうか.
パラノイアックにつくられたものが,「物質」としての存在感をまざまざと見せつけるからだろうか.そこではもはや人間が物をつくるのではなく,物が人間につくらせているような感覚に陥る.

石山修武氏と故・毛綱毅曠氏によって著された『異形建築巡礼』にはおよそ正常とは言えない数々の建築の記録が収められている.

並外れた想像力を持つ彼ら自身の目に止まったそれらの建築は明らかに「日常の外側」または「日常の超-無意識」を想像させる.
郵便配達人による理想宮(シュヴァルの理想宮),食器の破片・ガラス・コンクリートでつくりあげられた世界(ピカシェットの家),船乗りのユートピア・「怪人」の家(伴野一六邸),世界の似姿としての建築(栄螺堂),〈めくらまし〉の建築(妙立寺) ,,,,etc.etc.
そこに収められた建築に私たちが感じるのは何も快楽などといったポジティブな物ではなく,恐れや狂気といった夢野久作の小説に漂うような沼のごとき粘り気を帯びた感情.およそ肯定できるものではない.しかし,一度目撃してしまったら頭の中に残り続ける澱み.

「私の頭には、何か鉄製の大きな〈たが〉が、はめられたように重苦しかった。」

時々,このような物へ想いを馳せて,私たちは生き続ける.

サポートして頂いたものは書籍購入などにあて,学びをアウトプットしていきたいと思います!