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かまちょなエレキテル

先日、愛犬の散歩のときに
「日本エレキテル連合」に出会った。
もちろん、本物じゃない。
「それ的なご婦人」だ。


とある踏切付近に、エレキテルはいた。

いや、最初は全く気づかなかった。
駅のそば、
通勤客がまあまあそれなりに増えてくる朝の時間帯。
人の邪魔にならないように、
でも趣味の「におい嗅ぎ」を満喫したい愛犬の不満もたまらない程度に、
バランスをとりつつ、調和をはかりつつ散歩する(大袈裟)。

踏切付近はさらに「電車が来るかもしれない」ということにも注意を向けるので、なかなかタスクが多い。

人に踏まれず、邪魔をせず、
我が家の大きめの茶色いムクムクさんを
安全に渡らせることに全力を尽くしている私には、
踏切の向こうの反対側の歩道で
「かわいいね〜〜、かわいいねえええ〜、かわいいわねええええ」
と大声で呪文のように唱えている
犬連れのご婦人の姿は完全に死角だったのだ。

とはいえ
見てはいなくても近づくにつれ耳にはなんとなく入ってくる。
でも、こちらに話しかけているのではないと思った。

そもそもこんなことを言うと傲慢に聞こえるかもしれないのだが、
我が愛犬はほとんど「かわいい」に反応しない。

なぜならこれまでに100億回くらい言われてきたから。
当たり前を、とうに通り越している。

しかもうちの愛犬は
「僕はかわいいって言われるために生まれてきたのではない」
とまで宣い、
かわいい以外の自分の使命を誇りを持ってまっとうしている。

だから、飼い主の私も、
最初はそのご婦人の「かわいい」が、
うちのムクムクちゃんに向けられている言葉だと思いもしなかった。

あの人は自分の犬に向かって話しているんだな、と、
かわいいを連発する犬連れのご婦人を0.1秒ほど視界の隅で捉えた私は、
そのまま北に向かって歩みを進めた。
立ち位置的にご婦人は北から南に向かっていると思われた。

この日、うちの愛犬は
「おなかいたたかもしれないな〜」という気配を放っていた。
そう、もしかしたらゲーリー(下痢)になるかもしれない感じ。
長年のニュアンスで、私にはわかる、のだ。

だから踏切のご婦人のわんちゃんと
緊張の走るやり取りなどをすることなくすれ違えたことに
ほんの一瞬だが安堵の思いだった。


そしてまたすぐに愛犬と周囲の状況に集中し、前進して角を曲がった。

曲がったら、
その途端に愛犬がう○ちをしたくなり、
それを見守りつつしばし止まることとなった。

ゲーリーじゃないといいな、
おなか壊すと可哀想だしな。
そう念じつつ見守る。

すると、どうだろう。
遠くから足音とともにこんな声が聞こえてくるのだ。

「ダメよ〜、ダメダメえええ〜〜〜」

…ん?
日本エレキテル連合?

愛犬のうん○を見守りながら
背後からその声がかなりの勢いで近づいてくることに気づいた私。

でもう○ちの体勢は続く。
見守りも続く。

するとさらに迫ってくる声。
「ダメよ〜、ダメだってば〜、ダメダメえ〜」

ここでピンと来た。
あれだ!
さっきの踏切の、あのご婦人だ!
そうか、
あの「かわいいわねええええ」は
我が愛犬と私を振り向かせたいがために放たれていた
『かまちょワード』だったのだ。
(※かまちょ=かまってちょうだい、かまってちゃん のこと)。

なるほど、
かわいいといえば、こちらを振り向くだろう。
かわいいといえば、うちの犬のことも私のことも気に留めるだろう。
ということだったのか…。


我が愛犬がう○ちをし終わる。
飼い主の私がうん○を猛烈な勢いで綺麗に拾う。
そして振り向く、と…。

愛犬のしっぽからわずか30cmくらいのところに
ご婦人の犬の鼻先が迫っていて、
その後ろからニヤニヤした笑顔で
リードをすっかり伸ばし切って追ってくるご婦人、
という構図が目に飛び込んできた。


刹那、愛犬を抱え上げる私。

もともと、うちの愛犬は背後から無作法にやってくる犬が嫌いだ。
ちゃんと「こんにちは、私はあなたに興味があるのですが、いいですか?」をお互いできる相手とコミュニケーションしたい茶色いムクムクの男なのだ。

しかも、今の彼にとって
『しっぽ・おしり方面』は『超絶センシティブな状況』にある。
おなかいたたの気配がぼんやりと、でも確実にあるからだ。

やばい…


抱いた。
一昨年にやって以来、未だ鍼治療に通っているぎっくり腰も、
昨年2度やった右足ふくらはぎの肉離れも恐れず、
飼い主、すなわち私は
瞬時に15kg弱の愛犬を抱き上げたのだ。

するとご婦人が、
いや、
もうこの時点でエレキテル確定だから、エレキテルと呼ぼう。
エレキテルが不満そうに
「え?!あの!いいですか?」と訊ねてきた。


遅ぇんだよ。(←私の口の悪さたるや)

近づく前に訊くんだよ、そういうことは。
しかも、犬を先に行かせるんじゃないよ。
あんたが制御して訊くんだよ。
ダメよ〜、ダメダメ、じゃないよ。
止められるだろ、本当にダメだと思ってたら。
そんな小さなトイプードルなんだから。


これが、そのとき私の脳みそが0.01秒くらいで思考したこと。
いや、マジで。

即座に

「すみません、ちょっと調子が悪いんで、ダメです」

そう私がいうと、私の愛犬を超絶憐れむような目で

「まあ、可哀想、お大事にしてくださいね」

そうして、エレキテルは自分の犬に
「ダメなんだって、病気なんだって、可哀想ねぇ」
と大声で言いながら去っていった。
エレキテルの犬、
ドッグofエレキテル(DOE)を引っ張りながら。

…おい、引っ張れるんじゃねぇか。
じゃあ止められるだろ。


これはあれだな、
犬に先に行かせる体にしているけれど、
犬が行きたいんじゃなくて
自分が行かせたいんだな。

「犬ミサイル弾頭スタイル」だな。

ダメよと言いつつ本当は止める気なんかない。
どんどん行かせて犬のせいにするけど
エレキテルがかまって欲しいだけなやつだ。

そして私の脳は妄想をはじめる。
私は西洋占星術を生業にしているのだ。
エレキテルはどんな星を持っているのだろうか。
・あの星とあの星の角度がハード、もしくはそれをこじらせている
・あの星が一人ぼっちになっている
・あのハウスにあの星が入っている
などなどなどなど。

そして

「まあ、それだったら仕方ないか…仕方なくねぇけどな!」

と1人ノリツッコミ?で溜飲を下げる。

ただ非常に残念なのは
この部分に於いて私が正解を知ることは永遠にない、ということだ。
なぜなら私がエレキテルの肩をグイッとして
「恐れ入りますがあなたの生年月日とお生まれの場所と時間、
 教えていただけます?」
と訊ねることは未来永劫ないからだ。

気休め。
職業病。
それだけ。
ハイっ。


数日経った今朝、
また同じ踏切付近にエレキテルはいた。

いや、正確にいうと、
私はエレキテルの顔も
DOEの姿形も(トイプーという以外は)
何も覚えていないのだけれど、
間違いなくあれはエレキテルだ。

だって、踏切の向こうで自分の犬を抱きながら
99%間違いなくこちらに向かって
大声で…
大声で、こう言っていたから。

「ダメよ〜、静かにしてなきゃ、ダメダメ〜」
「病気のわんちゃんに、遊ぼうって言わないのよ〜」
「静かにね〜、静かに!!」
「し〜〜ず〜〜か〜〜に〜〜!」


ああ、うるせぇ。


その後、やり過ごしたはずが
また背後から同じルートにやってきた。

期待に違わないエレキテル。
後ろからでっかい声が聞こえてくる。

「ダメよ〜、ダメダメ、静かにね〜!」

はて?
果たして、静かとは?

気づいて欲しいのね…。


いやでも本当に、
犬の育て方とか散歩中の振る舞いには
飼い主の人柄が出るってことだな。

私も重々気をつけようっと。


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