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ラストは爽やかな希望の〝ひかり〟 映画『片袖の魚』 歩き始めるトランスジェンダーの女性

片袖の魚(2021年製作の映画)上映日:2021年07月10日製作国:日本上映時間:34分
監督 東海林毅
脚本 東海林毅
出演者 イシヅカユウ 広畑りか 黒住尚生 猪狩ともか 田村泰二郎 原日出子


スクリーンショット 2021-11-22 17.02.31


東海林毅監督作は初見です。


勝手な先入観でビジュアル重視の難解なアート作なのかと思ってたけど、
ストーリーテリングもわかりやすく人物の感情の流れも複雑だけどたっぷりと伝わってくるドラマ映画でした。

上映時間34分ですが60分くらいの情報量、物語の展開でした。
短くて物足りないと思う人はとても少ないのではと思います。


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この『片袖の魚』(2021)はトランスジェンダー役をトランスジェンダー俳優が演じています。

『ミッドナイトスワン』(2020)の翌年に公開されたということこがまた痛快だし、希望の光ですね。


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「トランスジェンダーの役はトランスジェンダーの俳優に」


「トランスジェンダーの役はトランスジェンダーの俳優に」というスローガンが上がるほど、
現状は機会の不均衡があり、それが悪循環を産んでこの不均衡が固定化されてしまっています。

❶無名のトランスジェンダー俳優より人気実力共にあるスター俳優がトランスジェンダー役を演じた方が、興行的にもいいし、賞レース的にもいい。

❷トランスジェンダー俳優が演じる機会が増えない。

この1と2をグルグルと回っているのが現状。


「トランスジェンダーの役=トランスジェンダーの俳優」に固定しようということではなく、
現状の機会不均衡を是正しようという意味で、僕も賛成です。

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トランスジェンダー俳優をどう扱ったらいいのか


東海林監督は主役のイシヅカユウさんに映画の中で役として学ランを着せるシーンを撮るにあたって
撮影前にイシヅカさん自信が「学ランを着る」ことに苦しまないかどうかを危惧して
マネージャーさんやご本人に確認を取ったりなど、撮影前から慎重に準備をされていたとのこと。

この気遣いは映画を撮る対象に対してとても誠実な姿勢であり、必要だと思いますし、それは映画のクオリティ上げ深さを増すものだと思います。

特に今は「トランスジェンダー俳優をどう扱ったらいいのか」という懸念ばかりが湧いていて
なんかめんどくさいし怒られたら嫌だからシスジェンダー俳優を起用しとこ、という流れにもなっていると思います。

なのでやはり、
トランスジェンダー俳優起用の機会を均等にして(ちゃんとチャンスがある状況にして)
お互いの経験値を上げていけば今よりももっとスムーズに進められるようになるでしょう。


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ちなみに、東海林監督の「イシヅカさん、学ラン着ることで苦しまないかな」というこの気遣いは杞憂だったでした。

イシヅカさんには中学時代に実際学ランを切るのが嫌すぎた〝こともあって〟あまり中学には行かなかった、という過去があったとのこと。
ただ、その時に学ランと決別してしまっていたことがちょっと引っかかっていて、
今回学ランを着ることで和解できたと感じられたそう。

しかも、学ランは服としてカッコいいものだと思えるようになっていたし、撮影時には学ランを着た自分の姿を何枚も写真撮ってもらったそう。


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トランスジェンダーではない僕らが勝手に想像して固定化した「トランスジェンダー像」ではない


このような、他人からでは想像が及ばない本人の心の変容。
もしかしたら本人も大人になった今「学ラン」と対峙することで初めてこの心の変容に気づいたのかもしれませんが。

これは役と同じ属性を持った俳優ならではのオリジナリティだし、
対象に誠実に丁寧に撮影したからこそ出てきたことだと思います。

トランスジェンダーではない僕らが勝手に想像して固定化した「トランスジェンダー像」ではない、
リアルでディテールに富んだ人物像がこの映画には映っていたと思います。


「どうせ観客はここで泣くんだろ」みたいなシーンの羅列映画とは雲泥の差で
豊かな人間性を描いたシーンが繋がった映画になっていました。

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爽やかで力強く明るいラスト

この映画の主役〝ひかり〟も辛い目には遭います。

だけどそれは暴力を振るわれて人前で服を破かれて胸を露わにされたり(しかもどういうわけだかそれを隠させてももらえない)、
血だらけ傷だらけの姿がスクリーン全体に映し出されるような露悪的なものではありません。

トランスジェンダーとして普通に生きていて(むしろ比較的優しい人たちに囲まれて生活できている)、
特段悪人というわけではない人たちの本人としては悪意のない言葉に
チクチクグサグサと傷ついていく、というとてもリアルで繊細な描写です。

これを観たシスジェンダーの観客はおそらく誰もが「あ、やっちゃってきたかも…」と自分のことを省みるでしょう。。

で、ここまでディテールにこだわって繊細な映画にしていくと
トランスジェンダーに限らずいろんな「少し生きづらい人たち」をも掬い上げるような広く大きな映画になりますね。

「トランスジェンダーは悲惨なのだ!!」ってことをひたすら強烈に繰り返す映画では、これはできない。
単なる毒映画にしかならない。
(すみませんね、僕あの映画死ぬほど嫌いなんです…)


ひかりも辛い目には遭いますけど、
あることをきっかけに自分の中の希望を信じてまた歩き始めます。

爽やかで力強く明るいラストです。


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イシヅカユウさん、広畑りかさん素晴らしい演技


さて、長々と書きました。そろそろ映画の中身のことを。
(早く上記のことを長々と書かずに済むようになりますように。)

イシヅカユウさんの演技素晴らしかったです。
モデルの写真で勝手にイメージからこれまた勝手にイメージしていたのはクールでツンケンした感じだったんですが、、
ひかりはすごく親しみが湧くどこにでもいるし、
自分の中にもいるようなキャラクターでした。
多くの人がひかりを好きになるんじゃないでしょうか。

助演の方たち皆さん良かったですが、特に広畑りかさん!
存じ上げなかったのですがグラビアアイドルの方なんですね。

どこかの劇団で長年舞台を中心に活動していてとんでもない力をつけた状態で遂に映画界に進出してきた女優さんかと思ってました。
知らなかったけどこんなに存在感もなめらかさもある女優さんいたんだ!と思ってました。
これからバンバン女優として活躍されますよ!


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