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図書館のお仕事紹介(6)督促

督促とは

要するに返却期限を過ぎても返してくれない利用者に対して返却を促す業務です。館外貸出をしている図書館であれば、避けて通れないものでもあります。

私は基本的に図書館業務で嫌いなものはないのですが、督促だけはどうも苦手です。担当者ではなくても手伝いを頼まれただけで、露骨に「やだなあ」という顔をしていたと思います。

入職当時、督促の手段はおもに電話だったので、テレアポかサラ金の取り立てのごとく、延滞者リストを見て片っ端から電話をかけまくることになります。当然すんなり連絡がつくほうがまれで、何度かけても出なかったり、着信拒否されたり、名乗ったとたんに無言で切られたり、「おかけになった番号は…」系のアナウンスを繰り返し聞くはめになります。
留守番電話に「こちらは○○図書館です。ご利用中の本△冊が、返却期限を過ぎております。至急返却をお願いいたします。なお…」といったメッセージを何十件も吹き込むのはなかなか憂鬱な仕事でした。

現在はほぼメールになっていますが、読んでくれないケースもあるので、場合によっては電話や郵便も併用します。安い文庫本などは、何度も督促していると通信費が本の購入費用を上回ってしまう、というジレンマもあるのですが、もはやそういう問題ではありません。「逃げ得を許さない」という正義のためにやっているようなものです。

利用者の反応

延滞する人もいろいろです。
なかには「ごめんなさい!期限過ぎちゃって!」とものすごく恐縮しながら返却カウンターに来たと思ったら1日過ぎていただけ、という人もいる一方で、何百日も延滞していたのに「ああ、そうっすかねー」と平然としている人もいます。さらには督促されると怒りだす人もいます。

基本的に、延滞日数が長くなればなるほど回収は難しくなります。どうも人間には「あまりに長く手元にあるものは自分のものと思うようになり、返せという要求が不当に感じる」という謎の心理があるようです。
(図書館とは関係ないですが、長期出張のあいだ飼い猫を知人に預けていた人が、出張から戻って猫を引き取りに行くと「この子はもううちの子だから渡せない」と拒否された、という例があるそうです…)

とくに休館期間を挟んだりして返却期限が長く設定されていたような場合は、期限明けに延滞をこじらせやすいので、早めに督促をかけ始めるようにしています。

利用者からすると「返したくても返せない」状態になっている場合もあります。
多いのは紛失です。基本的に弁済してもらうことになりますが、弁済したとたんに見つかったりすることもありがちなので、とりあえずよく探してもらいます。私の勤め先では現金ではなく同じ本を買って返してもらう方式なので、絶版で入手困難な場合は価格の手頃な古書店のサイトを案内したり、改訂版などで代替できないか相談します。
また最近は「帰省したとき実家に忘れてきたが、コロナ禍で県をまたいだ移動ができなくなって取りにいけない」という人もいました。やむをえない事情なので無理も言えないのですが、それで何年も延滞されても困るので、なんとか実家から郵送してもらえないか交渉したりしました。

それでも返してくれないときはどうなるか

まず「可能な限り督促をがんばる」のが基本です。
本人相手にらちが明かない場合、保護者に連絡する、学校なら担当教員などを通して返却を促してもらう、などあらゆる手を使います。
心配なのは自治体だと管轄外に引っ越されてしまうとか、学校なら卒業してしまって音信不通になることなので、そうなる前になんとかしたいです。
もちろんそれでも一定数、回収不能になることはあり得ます。
私の知る限り、図書館一般で回収不能本がどれくらいあるのかというデータはないのですが、おそらく最終的には、紛失と同様に所蔵数の減少として処理されているのではないでしょうか。
需要のある本だと他の利用者から「借りたい本がずっと貸出中で困っている」というクレームが来てしまうので、新しく買い直すしかないこともあります。
絶対なくなってほしくないような貴重書はそもそも館外貸出の対象外ですが、そうでない本であっても図書館にとっては損失ですし、督促業務じたいが通信費や人件費の面で予算を圧迫しますので、やはり困ったことです。

図書館は怖くありません

税金の滞納で差し押さえが行われることはあるそうですが、私の知る限り図書館の本を返さない人に対して強制執行が行われたという例はなさそうです。
せいぜい延滞日数に応じて新たな貸出を制限するペナルティがあるくらいです。
罰金や罰則というのも法整備がない以上、現状では難しそうですね。

延滞している人は「返しに行ったら図書館の人に怒られるんじゃないか」と思ってよけいに返しづらくなる、ということがあるかもしれませんが、私たちからするとむしろ嬉しいというか、ホッとする気持ちのほうが強いです。
冷静に考えると貸したものが返ってきただけでひとつもめでたいことなんかないのですが、何百日も延滞されていた本が返ってくるとなぜかお祝いムードになり「ほら○○さん、返ってきたよ!良かったね!」と督促担当者がねぎらわれていたりします。

スティーブン・キングの小説に「図書館警察」というのがありました。

図書館で借りた本を返せなくなった人が怖いことになる話なのですが、現実の図書館はぜんぜん怖くありませんのでご安心ください。
それにしてもスティーブン・キングさんは図書館に対してなにかトラウマでもあるのでしょうか…。

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