青春に気づいた瞬間。

高校1年生のとき。

合唱コンクールで僕は指揮者を担当した。
男子クラス。野太い声。みんなで一生懸命ブルーハーツの『青空』を歌った。学年予選で敗退し、全校あげての本選には行けずに終わってしまった。

ほどなくして僕は長期入院生活に入った。

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一年数か月後の4月初め、学校へ復帰した。留年の為、ひとつ若い学年からの再出発。転校生のような気持ちで突入した。また男子クラス。最初はみんな気を使って先輩扱いしてたけど、すぐに同様に扱ってくれた。受け入れてくれて嬉しかった。

数か月後のある日、
クラスの誰かが僕に指揮者を頼んできた。
合唱コンクールの季節だった。が、僕を含めクラスの誰も積極的ではなかった。曲も決まらず、練習もせず、ギリギリまで放っておいた感じだった。

過去に僕が指揮者を経験してたことをなぜか彼は知っていた。
経験者だからという理由で僕に頼んできたようだ。

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2度目の指揮者をすることにした。
彼に今の状況を確認すると、曲は、放っておいたせいで『パフ』という小学生が歌うような曲に決まっていた。幸いクラスにピアノが得意な男子がいて伴奏は彼に任せることにした。

でもさすがにパフは歌いたくない…コンクールを運営する生徒会の部屋を訪ね、無理をいって僕が好きな曲に変えてもらった。我らがピアノ男子にもこの曲をひたすら練習してもらった。パートごとの楽譜も作ってもらった。
チーム名を付けようと思い、当時2年10組だったので、名前を
『ジュックミーズ』
にした。

そんなこんなで、色々と取り組んできた。
この経緯をクラスメイトに伝えた。

それからだ。

みんな積極的に、意欲的に歌の練習をしてくれた。一人も欠けず、全員。
メインのパート、コーラスのパートそれぞれグループごとに別れ、カセットテープを手本に練習した。僕も指揮で、歌がひとつになるようにがんばって練習した。

あの時、みんな熱かった。
男たちが、教室で、懸命に、ラッツ&スターの『夢で逢えたら』を、その日までほぼ毎日熱唱していた。しかし、

学年予選で僕らは敗退した。

みんなの落ち込み様は半端なかった。間違っている!俺たちは本選に行けたはずだ!という者もいた。いずれにしても敗退なのは間違いない。
僕らはこれで終わり。…のはずだった。

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体育館で本選が行われた。
選ばれしクラスが全校生徒の前で歌っていた。
受験勉強真っ最中の3年生が一番前の列。
僕ら敗退した2年生クラスはうしろの列。

全ての合唱が終わった直後だった。

アンコールの手拍子が聞こえはじめ、
徐々に僕らの組を叫ぶ声が聞こえてきた。
「10組、10組、10組、10組…」
声の数がどんどん増えてくる。
いつしか体育館じゅうに響いていた。

クーデターだった。
誰かが予め仕組んでいたようだった。こんな展開になるとは…と僕は焦ったが、それ以上に慌てていたのは先生達だった。この騒ぎをなんとか沈めようと、先生達も動きだした。

止まない騒音の中、
ラッツ&スターのみんなが、僕を見ていた。
指揮者の僕がきっと号令を出すだろうと待ち望んでるかのようだった。
まだ止まない騒音の中。これ以上先に進めてはいけないことは知っている。だけど、

あの時、僕らは熱かった。

僕は空気をいっぱい吸って、声荒げ叫んだ。
「行くぞぉぉぉぉーーーーーー!!!」
勢いで立ち上がってしまった。
一瞬、騒音が止んだ。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」
地鳴りのような叫びと共に、仲間たちも立ち上がった。
声を荒げながら約30人の志士たちは一目散にステージへ走り出した。
さながら覚悟を決めた白虎隊だった。

どでかい拍手喝采が僕らを取り囲んでいた。


走っている最中に気づいた。
(あ…、これ…、青春だ…。)


ステージに飛び乗り、各自配備についた。
僕は全校生徒を背にして指揮者台に立った。体育館は急にシーンと静まりかえった。そういえばピアノ男子は楽譜持ってなかったなぁ、と僕の心配顔は、ピアノの方を向いた。
ピアノマンは人差指でコツコツとこめかみをつついた。(頭に入ってますよ)
その仕草に心が踊った。ジュックミーズのみんなは緊張していた。予選以上にこわばっていたように思う。


沈黙の体育館。
僕は静かに回れ右をした。全校の人々が、僕を見ていた。
目の前には…3年生…。
2年前に一緒にブルーハーツの『青空』を歌った
元同級生達が、僕を見あげていた。

彼らの前で、僕らは『夢で逢えたら』を歌うんだ。

込み上げる感情を抑えて、静かな体育館で僕は叫んだ。

「すいませんでしたーーー!!……歌います。」

僕はもう一度回れ右をし、両手を頭上に振りかざした。ジュックミーズは
まるで兵隊のように力強くザッと脚を広げた。

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歌い終わった。

体育館中が盛大な拍手に包まれた。
振り向くと、元同級生たちがニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。
(おいおい、やってくれたなー!)
僕も笑い返してやった。

僕らはそそくさとステージを降りていき、先程まで座っていた後ろの列へと戻っていった。拍手は続いている。

ひととおり状況が落ち着くと、今度は体育教官の先生が鬼の形相でステージに立ち、「こんなことはあってはならーーん!」と説教タイムに入っていった。そう、ここは規律を重んじる高等学校なのだ。

こうして僕らのクーデターは終わった。

全校集会が終わり、全員各教室へ帰っていく。僕らも教室へ帰還した。
笑顔の者もいれば、泣いている者もいた。一部の先生方も泣いていらしたと聞いた。それぞれの中で、なにかが、深く、刻み込まれた時間だった。

やがてまた、いつもの生活に戻っていった。

…なんで僕らは、あんなことをしたんだろう。
…なんでそこまでして、歌いたかったんだろう。
…なにかを、残したかったんだろうか。

20年以上も前の、青春の1ページ。
勇気に満ちた男たちの、若気の至り。

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そんな当時の仲間と、久々飲みにいった。

乾杯。


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