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イヤーコンパスその後<未来編2>

これらの続きやで工藤!!

仲間と3人で、「未来(2021年)をどう生きたいか?」のワークシートに取り組んだ結果のシェア会を行いました。

仲間たちは揃って素敵な感性と豊富な知見を持つ愛しき人々なわけで、いろんな話が飛び出します。

しいたけ.占いやらインテグラル理論やら潜在数秘術やらの話を行き来し、「声にならない声を聴く」とか、「体を整える」「自分の周りを綺麗にする」とか、個々の願いを分かち合いました。

それぞれに「これやりたい!」とか「目標」として立ち現れてきたものは、自分に近いように思えるもの(体調や身体や住まいや地域の環境など)に関連することもあれば、他者のように思えるもの(対話や他者の願いに耳を傾けるなど)に関連することもあります。

ここで、「内は外」という話が出てきました。

身体や住まいに関わることは『自分のこと/内側のこと』、他者や世界に関わることは『他者のこと/外側のこと』、と分かれているわけではないよね。という話になったんですね。

うーん、この辺りちょっとまだ私もうまく言語化できてないのですが、

ひとから見れば『他者のため/外側のため』に行なっているような行為や取り組みが、それをしている本人としては自分が切望している・強く望んでいることだからしている、みたいなことがあるよね。

そしてまた逆も真なりで、ひとから見れば『自分のため/内側のため』に行なっているような行為や取り組みが、他者や環境といったところにまで素晴らしい効果をもたらすこともある。

内は外であり、外は内である。陰陽の印のように、私たちはひとつのことを世界と自分の両面から見つめながら、人生を織り上げていくのでしょう。

だから「人のため」の方が「自分のため」より大切で重要で優先されるべきものというわけでは全然ないし、その人にとって真に願うことなら、全ての願いは大小なく優劣なく重要なものだと思う。そして願いというのは、とても主観的なもので、他者の権利を著しく阻害しない範囲なら、それでいいと思うのです。

多分大切なのは、その願いが自分にとって本音であるかということ。

「本当に私はそれがしたい/それがほしい」のか?を自分に問うことが、目標を考える上でポイントなのかもしれないな、なんてことを、思ったのでした。


節分の日は、「暦月」の大晦日に相当するという話を聞いたことがあります。占星術などに関わる人の中には、新年の目標ややりたいことは、節分までに考えるのがいいという人もいますね。

興味を持った人は、イヤーコンパスで1年の目標を考えてみてはいかがでしょうか?

一緒にいい年にしようぜっ!!


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