見出し画像

村に火をつけ 白痴になれ【読書感想】

内田樹の『困難な結婚』を読んだときに唐突に出てきた"アナキストはいつもご機嫌"というワードがなんとなく印象に残って、アナキストについて調べた。

そのなかで1番興味を惹かれたのが伊藤野枝だった。

大正のアナキスト。
28歳という若さで憲兵に虐殺され生涯終えている。

本文を読んでみると伊藤野枝の覚悟と、身体的なタフさに驚かされる。

まず18歳で第一子出産、20歳で平塚らいてうから仕事をもぎ取って『青鞜』の発行人になる。

なんと18歳~28歳の10年の間には執筆と並行して子ども7人出産。

いきなりぶん殴られたら相手が男でもマウントポジョンをとってぶん殴り返すし、「お前らのせいで社会主義者のイメージがさがるだろ!」と男5人にリンチされても、生活や思想を反省したり変えたりすることは一切しない。

堕胎や娼婦に関する議論も果敢にいどみ、実生活では貧困に徹し、相互扶助を実践する。

本を読んだなかで、失業者や失業手当に対する野枝の意見は自分にとって新しい気付きとなった。

失業者は、空虚な標語によって指導者を仰いでの空騒ぎを止めなければならない。団結した失業者の示威運動に空虚な「要求」をふりかざしての馬鹿気たお祭り騒ぎは絶対に不必要だ。
必要なのはただ失業者がその職を奪われても、食物をもぎとられても、必ず堂々と生きる道を見出すであろうということを、権力階級に宣言することだ。彼らの権力が、その資力が、その支配が、どれほど大きいものであろうとも、遂に人間の生きる権利を奪うことはできないのだという人間の命の貴さに持つ自負を、彼らに示してやることだ。

失業手当をもらうことは新しい奴隷化のプロセスが始まるということ。

野枝の「金がなくてもなんとかなる」という精神は実際の田舎での生活からきているし、野枝本人もこう書いている。

いわゆる『文化』の恩沢を充分に受けることのできない地方に、私は、権力も、支配も、命令もない、ただ人々の必要とする相互扶助の精神と、真の自由合意による社会生活を見た。

かといって野枝は田舎を無条件に讃美したりはしない。

障害者の息子を持つ母親が、世間からの目に疲れて自殺する『白痴の母』
出自を隠し働く被差別部落の青年が、素性がバレた後、村でリンチされ仕事をクビにされ、最終的には復讐のために村に火をつける『火つけ七彦』

どちらも野枝が書いた小説だ。

野枝は都会の資本主義的な生活様式からも、田舎の村からも「秩序」を見出し、標準から外れた人を排除する「社会」を問題視する。


命の尊さ、生きることは本来自由であるということを全身で叫ぶように生きた野枝が、最後には憲兵によって虐殺されてしまうのはなんとも皮肉だし、悔しい。

しかし、著者が言うとおり、野枝の思想を生きることは可能だ。そこに希望を見出していきたい。

この記事が参加している募集

#読書感想文

188,766件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?