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『ダルタニャン物語』社運をかけた大復刊! 駆け出し“出版社”、冒険への始まり

「三銃士」と言えば、誰しも一度は耳にしたことがあるフランス文学の古典的傑作。
17世紀フランス、ルイ王朝を舞台に繰り広げられる歴史冒険物語で、アレクサンドル・デュマによる長編小説です。1844年の発表から今日まで、アニメや映画、舞台など、数々の派生作品を生みながら、世界中で親しまれています。

実はこの「三銃士」、主人公ダルタニャンの生涯を描いた『ダルタニャン物語』という大河小説の序章にすぎないということをご存知でしょうか?
同作は全3部作で、第一部「三銃士」では青年だったダルタニャンが、第二部「二十年後」では壮年に、そしてさらに10年後を描く第三部「ブラジュロンヌ子爵」では、齢を重ね、その生涯を閉じるところまでが一連の物語です。

さて、邦訳版の『ダルタニャン物語』といえば、フランス文学の研究者で翻訳者の鈴木力衛氏による講談社文庫版(全11巻、1975年刊)が有名です。「三銃士」や部分的な邦訳は複数存在しますが、一連の『ダルタニャン物語』を完訳しているのは鈴木氏の作品のみであること、そして何よりその名訳への高い支持もあり、鈴木氏の『ダルタニャン物語』は日本の読者にとって拠り所とも言えるものでした。

ところが、この邦訳版はある時期から絶版となり、古書市場での価格は高騰し、めったに手に入らない貴重な本となってしまいました。差別用語が多いことなどが絶版の理由だったと言われています。

ですが、「三銃士」を入り口として、『ダルタニャン物語』に触れたいと願う読者は増えるばかり。不朽の名作の復刊を望む声が日に日に高まっていったのは想像に難くありません。

本記事でご紹介するのは、そんな『ダルタニャン物語』が2001年に復刊され、再び読者の手元に届くまでの復刊秘話。黎明期の復刊ドットコムが社運をかけて取り組んだ同作の復刊を、当時の担当社員の記憶を辿りながら振り返ります。

2001年に復刊された『ダルタニャン物語』第1巻

<作品紹介>
17世紀のフランスはルイ王朝の盛衰の下、史実の事件を巧みに織り込みながら繰り広げられる愛と勇気の冒険劇。おなじみダルタニャン、アトス、ポルトス、アラミスの四銃士の友情。政界を跋扈する謀略と駆け引き、そして宮廷に繰り広げられるロイヤルロマンスの繚乱の渦……。映画化などで有名な「鉄仮面」の物語も、本書収録のエピソードから広く世に知られるようになったものです。

復刊ドットコムサイトより引用

迫られた決断 ゼロから作った出版社

『ダルタニャン物語』の復刊に向けて動き出したのは、復刊ドットコム(当時・ブッキング)がサービスを開始したばかりの頃でした。

そのサービスとは、復刊リクエストを呼びかけ、およそ100票が集まると出版社に復刊交渉をするというもの。シンプルに見えますが、実際には出版社や著者のさまざまな事情が交錯する複雑なものです。それゆえに、復刊リクエストは順調に集まっていたものの、実際に復刊が実現したタイトルはごくわずかでした。復刊交渉のために日々出版社に赴いていた営業担当者は、当時のことを次のように振り返ります。

「サービス開始当初は、ほとんどの出版社で門前払いというか、『復刊のリクエストが集まったからって、そんな簡単に復刊できませんよ』と言われていました。リクエストが集まっても復刊の進展が全然なかったんですよね。でも、リクエストは毎日入ってくる。なんとかしなきゃいけないって思っていました。」

出版社に働きかけても思うように復刊できないという状況に焦りを感じる中、復刊ドットコム社員の頭に中に浮かんだのは、自らが出版社になり、本を作るというものでした。

しかし、この時の復刊ドットコムは出版取次会社の日本出版販売株式会社(日販)の一事業会社で、出版社としての機能も知識もありません。数名いた社員は、その必要性を感じつつもおよび腰だったといいます。それでも、新しいサービスを育てていくには、残る選択肢に希望を託すしかありません。復刊ドットコムが出版社としての歩みを始めた瞬間です。

そして、出版社としての記念すべき第一作目として選ばれたのが、当時、その貴重さゆえに古書業界でも伝説的に有名で、多くの復刊リクエストが寄せられていた『ダルタニャン物語』でした。期待と不安が入り混じる重大な局面に相応しい、歴史的大作の復刊への挑戦が始まります。

何もかも手探りの本作り

“本を作る”担当になったのは、日販の仕入れ窓口で出版社とのやりとりの経験があった、先の営業担当の社員でした。

『ダルタニャン物語』の出版に向けて、やるべきことは多岐に渡りました。
著者の没後50年以上が経過した同作は、デュマ本人の著作権はすでに消滅していましたが、翻訳者への権利交渉は必要です。また、実際に本の形に仕上げ、流通させるためには多くの作業と手続きを経なければなりません。何から手を付ければ良いのかすら分からない状態で、まず始まったのは、手伝ってくれる人を探すことでした。

しかし、不思議な縁があるものです。
当時の復刊ドットコムの代表の古い繋がりから協力を依頼した編集プロダクション、嶋中書店の代表で、かつて中央公論社の社長を務めた嶋中行雄氏は、同作の翻訳者である鈴木力衛氏との交流があった方でした。同作の復刊は、権利者との交渉から出版の指南に至るまで、嶋中氏の存在に大きく支えられ、スタート地点に立つことができたのです。

幸い、鈴木力衛氏の訳文使用の許可はすぐに下りたといいます。訳者の鈴木氏はすでに逝去していたため、ご家族への交渉でしたが、復刊を大変好意的に受け止めてもらったのだとか。

かたや、本作りの方はと言えば、やるべきことも学ぶべきことも山積みでした。
本を流通させるために必要なISBNコードの取得や、書店への注文書作り、取次会社との取引交渉など、出版社では当然整っている仕組みの部分から取り組まなければならなかったからです。本の装丁や組版、校正など、いわゆる編集の仕事も、一つずつ見よう見まねで進めていったといいます。

『ダルタニャン物語』復刊を支えた人たち

『ダルタニャン物語』の復刊は、嶋中氏をはじめ、その復刊に共鳴し、支えてくれた人たちの存在なくしては実現しなかったでしょう。

なかでも、『ダルタニャン物語』のファンたちが集うサークル「銃士倶楽部」の人々との交流は、ファンに支えられてこそ成り立つ復刊ドットコムのサービスのまさに原点とも言えるものでした。

復刊ドットコムが「銃士倶楽部」を知ったのは、同倶楽部のサイトに『ダルタニャン物語』の復刊リクエストページのリンクが貼られたことがきっかけでした。

まだSNSが普及していなかった時代、ネット上にはさまざまな趣味のファンサイトが存在していました。個人のサイトから大きなサイトまで、規模はさまざまでしたが、それぞれのサイトは“相互リンク”を介して緩やかに繋がり、情報を発信・交換をしながら、ファンがファンを呼ぶコミュニティが作られていたのです。

『ダルタニャン物語』の熱心なファンである銃士倶楽部メンバーとの出会いを追い風に、同作の復刊は勢いに乗っていきました。復刊作品の表紙には、中心メンバーが収集していた貴重な絵を採用。同倶楽部がコミックマーケット(コミケ)に参加した際には、そのブースで復刊を知らせるチラシを配りました。

復刊の担当者は、銃士倶楽部との交流について次のように話します。

「銃士倶楽部の方には本当に感謝しています。表紙の絵もそうですが、彼らの協力がなかったら、ファンの人たちと話したり触れ合ったり、感想を聞いたりもできなかったと思います。復刊ドットコムがそういったリクエストをしてくれているユーザーや、ファンの方に支えられているなというのを、強く実感したのはこの時が初めてでした。」

委託か買切か?会社の価値観と葛藤

さて、本を読者に届けるためには、“本作り”の他に、もう一つ考えなければならないことがありました。

本をどう売るか、つまり、取次会社を通して書店に仕入れてもらう上での条件を、返品ができる委託にするか、返品ができない買切にするかということです。

書籍の流通の世界では、今も昔も、委託販売が一般的です。
日々新刊が出版される中、売れなければ返品し、売り場を常に新陳代謝できる委託販売の方が、書店にとってメリットが大きいからです。

しかし、返品が多くなれば取次や出版社の負担は増すため、出版業界にとって委託販売と返品は大きな課題となっています。復刊ドットコムのサービスの前身が、この返品を減らすための仕組み作り(需要がある分だけを作って販売するオンデマンド印刷)だったこともあり、委託か買切か、という決断は、会社の価値観にも大きく関わる問題でした。

販売しやすい委託にするか、会社の価値観を守って買切にするか。
葛藤の末、復刊ドットコムの社員たちが選んだのは後者でした。

ところが、社員たちの心配をよそに、書店からは思わぬ反応が得られました。
全11巻というボリュームで買切という条件にも関わらず、数々の問い合わせがあったのです。さらには、取次会社の兼ね合いで直接出荷が難しかった書店からも、なんとしても仕入れたいという相談が寄せられました。

数えきれない程の新刊の中から『ダルタニャン物語』の復刊に気付いただけでなく、同作の復刊に価値を見出した書店員の存在があってこそ、同書は多くの人の目に触れる機会を得ることができました。

先の銃士倶楽部はファンたちが当事者として復刊を後押ししましたが、本を世に広く届ける上では、熱意ある書店員にも大きく支えられたことを、復刊ドットコムの社員は強く記憶しています。

復刊ドットコムの象徴として

そして迎えた2001年2月。『ダルタニャン物語』はついに復刊されました。
多くの読者から好評を得て、同作の復刊後、復刊ドットコムは本格的な出版社としての道を歩んでいくことになります。

当初、復刊が遅々として進まない状況を打開するため、一度きりの挑戦と考えていた「出版」の仕事は、今や復刊ドットコムの中心的な事業となりました。『ダルタニャン物語』の復刊が、復刊ドットコムを新たなステージへと誘ったのです。

出版社としての第一号作品『ダルタニャン物語』はその後、復刊ドットコムが20周年を迎えた年に新装版として再復刊されました。

創立20周年を記念して出版された新装版

再復刊に込められた想いは、「もっともっとユーザーの声を反映した本を作りたい」ということ。サービス開始から増え続ける全ての復刊リクエストに応えることは難しくても、ユーザーの声に耳を傾け続けるという意志を表しています。

『ダルタニャン物語』の存在は、今までもこれからも、復刊ドットコムの象徴として受け継がれていくことでしょう。


■取材・文
Akari Miyama

元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、社会の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/

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