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連載脚本「余命60秒」第2回 (相馬 光)

前回までのあらすじ

「あなたの余命はあと60秒。最期にやりたい事は何ですか?」と聞き、その反応を笑う動画を投稿していた男がある日、自身の余命が幾許もない事を知る。自暴自棄になりながらも自身の過去を思い返し、死ぬ前に『何か』をしたいという衝動に駆られるのだが……。

「余命60秒」第1回はこちら

「余命60秒」 第2回

○駅前
   カメラを構える野辺とだるそうにマイクを持つ玲次。
   通りがかったサラリーマン・辻ケン(29)が立っている。
玲次「60秒の……アレです」
ケン「(緊張して)は、はい……見たことあります」
玲次「(言い淀みつつ)あなたの……アレは
60秒です。言いたいことやりたい事は何ですか」
ケン「えー……(やたら大声で)俺は! ナナに! プロポーズします!」
玲次「声デケェな。っていうかマジで?」
ケン「あ、はい!」
玲次「だってあと(時計見て)二十秒で死ぬんだよ? 言うの遅くない?」
ケン「それはあなた方が決めた設定であって、どのタイミングで言おうと私の勝手でしょう!」
玲次「じゃあいつ言うの?」
ケン「いつって……大安で、すごく晴れてて、星座占いで乙女座が一位の……」
玲次「だからそれはいつなの? もう死んで十秒経ってるよ」
ケン「そんな事言われても……今月は仕事が立て込んでるし、記念日は先月だったし、でも二人とも時間がないから……」
   『時間がない』という言葉にピクッと反応する玲次。
ケン「やっぱ来年とかに……」
玲次「(ボソッと)そうだよな。時間が、ないんだよな」
ケン「……はい?」
玲次「ナナの事は愛してる?」
ケン「も、もちろんですよ! 世界で一番愛してますよ! っていうか何呼び捨てにしてんすか!」
玲次「じゃあ今から行こうよ。ナナのとこ」
ケン「いやいや、僕まだ仕事中で……」
玲次「行こう! 付き合うから! な!」
   困惑する野辺とケン。

○保育園・前(夕方)
門の外から様子を伺う玲次と野辺とケン。
   子ども達と遊ぶ大島ナナ(28)。
ケン「おかしいですよぉ、こんなの……あっ、いた」
玲次「行こう」
ジュン「あの! 心の準備が!」
玲次「ナナさん!」
   玲次、強引にケンを押す。
ナナ「は、はい! あれ、ケンちゃん……?」
ケン「あのさ、その……(もじもじする)」
玲次「言わなきゃ俺が言うぞ。(大声で)結婚……」
ケン「(さらに大きな声で遮って)結婚してください!」
ナナ「(反射的に)は、はい!」
   ナナを見る子どもたち。
ケン「ほら、だから言ったでしょう、いきなりこんな事言ったら……え?」
ナナ「(目に涙を浮かべて)はい!」
ケン「う、嘘……」
   ケン、玲次の肩に手を乗せて脱力する。
   玲次、その手をポンポンと叩いて笑う。
   子どもたちがナナを囃し立てる。
玲次「野辺ちゃん、新作これで行こう」
   訳が分からないという表情の野辺。

○河川敷(日替わり)
   一心不乱に草をむしっている玲次と香。
玲次の声「これまでインタビューした人全員の願い、片っ端から叶えていこう」
香「カオリンもう帰りたいー!」
玲次「四つ葉のクローバーで囲むんだろ! 
野辺ちゃん! カメラ置いて手伝え! 終わらねえぞ!」

○ドン・キホーテ・前(日替わり)
   ダンボール箱いっぱいのアロマテラピー検定の本を持っている成川。
成川「意味わかんねえよ! ぶちかますぞ!」
玲次「次の検定が三週間後だ。時間がないぞ」
成川「っていうか申し込み昨日までだろ!」
玲次「これ、受験票。ぶちかましてやれ」
   成川に受験票を渡し、肩を叩く。
成川「訳わかんねえ……」
   と言いつつも箱の中の本を覗く成川。
玲次の声「その人のやりたい事がをやるまでの努力と出来た瞬間を撮るんだ」

○風俗店・前(日替わり・夜)
   ナオミを拝む侘助。
ナオミ「じゃあ侘助ちゃん、また来てね! 
(玲次に)あんたもね」
   野辺、『知り合い?』というジェスチャー。
   玲次、苦笑い。
侘助「(玲次に)あんたも本当にありがとうなぁ。良い思い出が出来たよ」
   右手に巻かれている包帯を見つめる侘助。
   玲次、侘助の手を握る。

○Web広告制作会社・内(日替わり)
   デスク上にある物を片っ端から大きな
ボストンバッグに詰めている玲次。
野辺「でも、これじゃ番組自体変わっちゃいますよ!」
   玲次、荷物を詰め続ける。
野辺「それにこんなの1分じゃ収まりませんよ!」
玲次「何分でも良いよ。俺らが『良い』と思うものにしよう」
野辺「そんな事したらスポンサーが黙っちゃいないですよ! 下手したら首だって……」
玲次「……そうだな」
野辺「そうだなじゃないでしょう!」
玲次「頼めるの、お前しかいないんだ。無理強いはしない。来たくなったら来てくれ」
   玲次、野辺の机に段ボール箱を置く。
   中には最新のカメラ。
玲次「これからそれ使えよ」
野辺「えっ、これ……ええっ!」
玲次「あ、あとこれも」
   箱の上にポンと、新品のジーパンと『腰痛楽々』と書かれたコルセットを置く。
   野辺、口をあんぐりとして玲次を見る。
玲次「(ついでの感じで)あと部長、今までお世話になりました」
   机に辞表を置く玲次。
   席でカップ麺を食べていた部長、驚いて麺を吹き出す。
   颯爽と歩いていく玲次。

○団地・成川の部屋・内(夜)
   狭いワンルーム。
   走り回る成川大河(3)と成川夢(5)。
   真ん中のちゃぶ台で作業着のまま勉強する成川。
   台所で慣れない手つきで料理する玲次。
玲次「はいはい! パパ勉強中だから静かにしようねー!」
大河「ナガミ、野球」
   ボールを玲次にぶつける。
玲次「(いっぱいいっぱいで)野球ね! はい、デッドボール!」
   火を止めて盛り付ける玲次。
夢「ナガミ、何作ってるの?」
   焼き過ぎて焦げた何かが皿に乗っている。
玲次「チンジャオロース」
   料理を見て、哀しい顔をする夢。
玲次「その年でそんな目するなよ……」
   インターホンが鳴る。

○同・同・玄関
   野辺が立っている。
玲次「野辺ちゃん」
野辺「このカメラ、試してみたくて」
   玲次が渡したカメラを持っている。
玲次「いいのか、こっち来ちゃって」
野辺「休み、ドカッと取りました」
玲次「でもお前それ子どもの……」
野辺「良いもの作るんでしょう! 俺だって、いつか子どもに胸張って見せられるような映像、撮りたいんすよ」
玲次「野辺ちゃん……」
野辺「さ、まずは何撮りますか? 勉強してるとこ撮って、その後インタビューして」
玲次「チンジャオロース」
野辺「は?」
玲次「チンジャオロース、作って」

○同・同・ベランダ
   煙草を吸う野辺。
   エプロン姿の玲次が来る。
野辺「お疲れ様です」
玲次「俺にかかれば家事なんて楽勝よ」
野辺「豚肉、炭にしてたじゃないですか」
玲次「本当助かったわ。お前料理上手いな」
野辺「最近覚え始めたんです。(煙草を)どうです?」
玲次「俺、いいや。(成川を見て)あいつんとこ、三人目生まれるんだって」

○同・同・内
   ぐっすり寝ている大河と夢。
   一心不乱に勉強を続ける成川。
玲次の声「奥さん、身体弱いから心配なんだと。出来る事だったら何でもやるって」
野辺の声「だからってアロマは」
玲次の声「何でもとことんやらないと気が済まないらしい」
   成川、寝返りを打った夢の毛布をかけ直す。
玲次の声「あとあいつのカミさん、鼻が利くんだって。利き過ぎて浮気も出来ねえって」
野辺の声「(静かに笑って)そっすか」
   成川のそばの本棚には病室で撮った家族写真。
   パジャマ姿の成川紗羅(20)が写っている。

○公園・内(日替わり)
   夕方、公園内を走り回る大河と夢。
   玲次のスマホに着信。
玲次「(電話に出て)どうした?」

○アパート・香の部屋・内
   荒れた薄暗い部屋。
   ぼんやりとベッドに寝転ぶ香。
   スマホを耳に当てている。
香「ねえ、クローバー枯れちゃったよ」
   枕元の瓶の中には大量の四つ葉のクローバー。
   ほとんどが枯れている。
玲次の声「マジかぁ、まだ数足りてないのになぁ。また探さなきゃな」
香「もういいよ」
玲次の声「何でだよ。夢だろ、叶えなきゃ。そうだ、まだ大丈夫そうな奴、押し花とかにしたら……」
   香、電話を切って壁に投げる。
   『所属契約解除通知書』と書かれた紙が落ちている。

○公園・内
   スマホに『通話終了』の表示。
   画面を見つめる玲次。
   公園の前の団地の窓が開く。
野辺「夢、大河、玲次! ご飯出来たよ!」
玲次「今、俺も呼び捨てにしたろ!」

○試験会場・前(日替わり・朝)
   『アロマテラピー検定試験会場』の看板。
   小雨が降っている。
   玲次と野辺と成川が立っている。
   野辺、カメラを回している。
成川「大河と夢、大丈夫なのか」
玲次「ああ、知り合いが見てくれてる」

○団地・成川の部屋・内
   ナナが大河と夢に絵本を読んでいる。
   ナナの隣にいるケン。
ナナ「とてもとても綺麗なお姫様は……」
夢「お姫様、どれくらいきれいなの?」
ケン「そりゃあ、ナナちゃんそっくりな美人のお姫様さ!」
ナナ「ケンちゃん……」
ケン「ナナ……」
   見つめ合う二人。
大河「ねえ、早く続き読んで」

○試験会場・前
   心配そうな顔の野辺。
野辺「(小声で)本当に彼らで大丈夫なんですか?」
玲次「大丈夫、多分」
成川「(緊張して)行ってくる」
玲次「あんたなら大丈夫だよ」
成川「……多分?」
玲次「絶対、大丈夫だ」
   固く握手する二人。
成川「ちょっと、ぶちかましてくるわ」
   成川、会場へ入っていく。
   玲次のスマホが鳴る。

○道
   雨の中息を切らせて走る玲次。
   後に続く野辺。
野辺「玲次さん! どうしたんすか!」

○雑居ビル・屋上
   玲次、ドアを開けて入る。
   フェンスを越えた端の部分に立っている香。
香「(過剰にハイテンションで)カオリンの屋上ライブへようこそ! カメラの向こうのみんな、見てるぅ?」
   呆れる野辺。
香「今日はみなさんにお別れを言いに来ました! ほらカオリン、今年で27でしょ? もう後がないっていうか、遅すぎるっていうか、オバさんが何してんのって感じじゃん!」
   じっと見ている玲次。
香「嫌な仕事、いっぱい引き受けたのに、聞いたら引くような事だってされたのに……」
   香、目に憎悪を浮かべて俯く。
香「ま、この星が私の居場所じゃなかったって事だよね! 別の惑星にワープなのだ!」
   玲次たちに背をむける。
   ギリギリの場所で震えて立ちすくむ香。
   玲次、香の方へ近づく。
玲次「どうした! 死ぬんだろ!」
野辺「(小声で)永見さん!」
玲次「やるのか! おい!」
   香、振り向く。
香「うるさいな! 何なの!」
   力強くフェンスを掴む。
香「アタシがいつ死のうがあんたに何の関係も無いでしょう! 人の醜い所ばっか撮って売り物にして!」
   香の方へ歩いてくる玲次。
香「……来んなよ」
   フェンス越しに香の手を掴む玲次。
玲次「手を離さなきゃ動けない。これで俺も関係者だ」
香「何なの! キモいんですけど!」
玲次「じゃあ無理矢理にでも離してみろ」
   玲次を睨みつつも手を離す事にちょっと躊躇する香。
玲次「……羨ましいよ」
香「はぁ!?」
玲次「この先もあの会社でそこそこの広告作っていくんだろうなって、そう思ってたんだ」
香「な、何の話……?」
玲次「それでいつか結婚して、子どもが出来たら、その時初めてお袋に『ありがとう』
とか『ごめんね』とかちゃんと言える気がしてたんだ」
   香、訳が分からないという表情。
玲次「何の保障も無いのに『時間はある』って思ってたんだ」
   玲次、哀しく笑う。
玲次「俺にはもう、『時間が無い』んだ」
   野辺、ハッとする。
玲次「選べるあんたが羨ましい」
   香、呆然としている。
玲次「死ぬか死なねえか、どっちかちゃんと決めろ」
香「今は……死なない」
玲次「わかった」
香「ちょっと、泣きたい」
玲次「いいよ」
   香、静かに泣く。
   ただじっと香のそばにいる玲次。
   雨が止み、あたたかな陽が差し込む。

                            (続く)

次回最終回
玲次は野辺に全てを打ち明ける。そして、玲次にとって最大の「敵」と向き合う時がやって来る……


書いてた時によく聞いてた曲です。

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相馬 光(そうま ひかる)
文芸をやっている。特に脚本を書く。
脚本『新米姉妹のふたりごはん』
脚本協力『グッド・ドクター』、『ストロベリーナイト・サーガ』など
第29回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作『サヨナラニッポン!』
第28回フジテレビヤングシナリオ大賞最終選考『余命60秒』
インターネットウミウシ名義で『書き出し小説大賞』と『文芸ヌー』にも書いている。

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