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ネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)その2

*初版:令和5年7月30日。最終更新:令和5年12月14日
その1はこちらです。ご自身の件について必ず弁護士に相談してください。
私への相談はコメント欄ではなくて「問い合わせ」か,i@atlaw.jp,まで,氏名住所電話番号を明記の上,メールでお願いします。
また,発信者情報開示に係る意見照会書と非開示の事例については,「【発信者側】発信者情報開示請求に対して非開示にできた事例」をご覧ください。


はじめに

このQ&Aに関する一般的な案内は、その1をご覧下さい。
その1のQの数が多くなって読みにくくなったので、その2としてこれを追加しました。

Q88.コンテンツプロバイダ(SNSとか掲示板)のうち、ろくに反論しないので、簡単に開示の仮処分や開示命令が出るところがあると聞きましたが、本当ですか?

半分は本当です。
具体的には、呼び出しを受けて反論の機会を与えられているのに、反論をしないケースでは、裁判所は、特に争わない、という当事者の意思を重視して、開示を認める傾向が強いです。
しかし、海外の一部のコンテンツプロバイダは、呼び出しをしないで審理しますが、その場合は、反論はない(呼び出されていないのでできない)ということになりますが、裁判所は慎重に審理します。 これは、反論する機会があったのにしない、というケースでは、緩やかに開示を認めてもいいだろうが、その機会が無かったのであれば、慎重にやろう、そういう利害調整の問題です。
具体的なプロバイダ名はここには記載しませんが、そういうことです。
なお、アクセスプロバイダについては、別の事情がありますが、これは、機会があれば、解説を追加します。

Q89.発信者情報開示請求の民事保全(仮処分)では担保金を納める必要があると聞きましたが、いくらくらいでしょうか。また、新しくできた非訟手続である発信者情報開示命令申立事件の場合は、担保金は必要でしょうか。

発信者情報開示請求では、民事保全では実務上は不要であり、発信者情報開示命令申立手続の場合は、そもそも法律上も不要です。
民事保全というのは、通常裁判では間に合わない事情があるため、予め、迅速かつ簡易な手続で、将来の判決のために保全をしておくための手続です。
ですから、本番の裁判で、逆の結論が出ることがあります。そうなると、民事保全の債務者(相手方のことです。申し立てる側は債権者といいます。)としては、逆の結論となった場合に、損害の賠償を速やかに受ける必要があります。法律上、そのための手当として、民事保全で申立を認める決定を出す場合は、担保を納めることが裁判所から求められるのが通常です。
もっとも、民事保全を発信者情報開示請求のために用いる場合、削除の場合もそうですが、本番の裁判というのは行われないことが通常です。
というのも、開示にしろ、削除にしろ、民事保全の段階で目的は達成するので、債権者としては、あえて別に裁判を債務者に起こす必要は無いからです。
これが、例えば、将来の差し押さえのために、前もって、口座の預金を仮差押えするといった手続であれば、預金は確保されるだけで、債権者の手元にはきません。ですから、別に裁判をする必要があるのですが、削除や開示は、民事保全の段階で、自分が求めていること(つまり、削除と開示)が実現されるから別の裁判は不要と言うことです。
なお、債務者から、別に裁判をしてくれと求めることもできるのですが、債務者はプロバイダですから、そこまでする実益がありませんので、実際にはほぼ行われていません。
加えて、担保についても、そもそも本番の裁判をしないわけですから、結論が覆ることもありません。ですから、プロバイダは、通常は担保は無しでいいですよと裁判所に告げて、裁判所も担保を定めないで発令することが通常です。
なお、例外としては、Q88のようにプロバイダが呼び出されないので、担保は不要であるという意見そのものが無いケース、また、プロバイダに事情があって、あえて担保を求めることもあろうかと思います。
なお、削除請求にしろ、発信者情報開示請求にしろ、民事保全という特別な手続の中でもかなり特別な請求です。ですから、ネット上には、他の民事保全手続一般と混同した情報がありますが、多くが誤っています。他の普通の民事保全手続の情報は役に立たないことが多いと思って情報収集すると良いでしょう。
最後に、新しく導入された発信者情報開示命令申立手続ですが、これについては、担保の制度そのものがありません。プロバイダとしては、異議の訴えということで、通常の訴訟に移行するチャンスが与えられているからです(申立人も同様です。)。

Q90.発信者情報開示について、CP(コンテンツプロバイダ)は、簡単に開示に応じてしまう、と聞きましたが、本当でしょうか。

そういう傾向はありますが、全て同じように考えるのは危険です。

掲示板やブログサイトなど、投稿したデータを受け付けて記録し、実際に発信する者を、コンテンツプロバイダといいます。
これに対して、各個人のインターネット接続サービスを提供するプロバイダをAP(アクセスプロバイダ)といいます。なお、APのことを経由プロバイダともいいますが、最近は、裁判所が書式などで、AP、CPという言葉を使っていますので、今後、ここでも同じ例によることにします。

実際に発信者を特定するには、これまでも触れてきたとおり、CPからIPアドレス等の情報を得て、それでAPを特定し、APに、そのIPアドレス等をつかっていた人の情報を開示してもらう必要があります。
そういうわけで、APに開示してもらわないと、CPが住所氏名電話番号を登録している場合を除けば、意味が無い、ということになります。

そして、CPが安易に開示するかどうか、という問題ですが、これは、2つに分けて考える必要があります。
まず、裁判手続を経ずに、つまり裁判外請求(任意開示請求)に応じてしまう(後述する①のパターン)、という点です。これは、特に、匿名掲示板において、いくつかみられるケースです。
もっとも、ここで開示されても、IPアドレスと時間しか保持していません。となると、発信者を特定するには、APに発信者情報開示請求をもう一度する必要があります。そして、ほぼ全てのAPは、例外的ケースを除けば、裁判外請求については一律に応じてはいません。
ですから、CPが安易に裁判外開示に応じたところで、通常は問題はありません。
もっとも、APに対して開示請求をすると、意見照会が発信者に対してなされます。そして、APは、発信者の住所を把握しているので、通常は、郵送でこれが行われます。
これは、発信者にとっては、かなりの心理的負担です。結果的に非開示になるとしても、その後の批判的な言論を控えることになるかもしれません。
また、非開示が適切なのに開示に同意をしてしまって、それで、相当では無い請求を受けるというリスクもあります。

次に、裁判上の請求について、安易にCPについて開示がなされてしまうこともあります
これは、CPが裁判には一応対応するが、意見照会を行わず、また、裁判上、ろくに反論をしないケース(③)です。一般に、CPが安易に開示する(できる)として問題になるのは、このパターンです(他のパターンでは、メールアドレスや電話番号、住所氏名が開示されないためです。)。
このような場合、裁判所の判断としては、反論の機会を与えたが反論が無い以上は、基本的に開示請求をしている者(原告or申立人)の言い分通りであると認定するからです。

裁判手続は、基本的に「手続保障」という建前が採用されています。これは、反論したり、争う余地はちゃんと与えるという考え方です。そして、その一方で、これは「反論の機会を与えたのだから、反論しないなら、そのまま相手の言い分通りにしてもいいだろう」ということに繋がります。
一部のCPは、裁判外請求に応じない一方で、裁判上の請求を受けても、弁護士が対応するがほとんど反論しない、意見照会すらしていません(これは、もちろん違法です。)。そうなると、裁判所としては、「一応、CPについて弁護士が出てきている。その上で、反論がないのだから、開示請求者の言い分通りの判断でいいだろう」という方向で考えることになります

他、似て非なるケースとして、一部のCPは、裁判外請求に応じないが、裁判上の請求については、欠席をするというもの(④)があります。

この場合、通常訴訟であれば、原告つまり請求者の言い分がそのまま認められるので開示されることになります。ただ、このタイプのCPについては、発信者情報開示命令申立か、民事保全手続が利用されるところ、両手続について、欠席すればそのまま言い分を認める、ということにはなっていません。
なので、反論の機会を与えて出頭までしておいて反論しない③のケースと異なり、裁判所もそれなりに慎重に審理します。

以上をまとめると、CPについて、概ね、次の4とおりの対応があります。
①裁判外で開示する。
②裁判外で開示しない。裁判上請求については、弁護士を立てて実質的な反論をするし、意見照会もする。
③裁判外で開示しない。裁判上請求については、弁護士を立てるが、実質的に反論しないし、意見照会もしない。
④裁判外で開示しない。裁判上請求については、裁判について欠席する。

本来は、②であるべきですが、①③④というケースも散見されます。
そして、一番厄介なのが、③です。これについては、安易に開示が認められる傾向にあります
一方で、裁判で認められたという事実は一応残りますし、かつ、このCPがメールアドレスを持っていれば、請求者から直接請求を受けることになります。
加えて、電話番号までわかれば、弁護士会照会で住所氏名を得ることも可能です。

となると、③反論の機会が無く、かつ、裁判所の慎重な判断も経由せずに、開示されてしまう、それもメールアドレスと、場合によっては、電話番号、住所氏名といった、かなりセンシティブな情報も開示されてしまうことになります。
加えて、一応は裁判所が権利侵害の明白性を認めた、というお墨付きがつきますので、投稿の違法性について、誤解を招く可能性もあります

ネット上の表現トラブルは、こういう「前哨戦」があるところ、その種類は様々です
双方、どういうルートで開示を求めるか、あるいは、開示されたのかを把握することが重要です。

単にAPは慎重、CPは簡単、というように紋切り型で判断(ネット上の法律情報というのは、こういう紋切り型が「人気」ですので、特に注意が必要です。)するのは、うかつでリスクのある行為ですから、慎重な検討が必要です。

Q91.ネット上の投稿に対する賠償請求訴訟で、訴訟費用?弁護士費用?開示費用(調査費用)?という言葉がありますが、それぞれの意味を教えてください。

訴訟費用とは、法律で定められた費用(制度)で、主に、裁判を提起するときに提出する訴状に貼り付ける印紙代や、予め納める切手代を言います。他に、出頭費用や証明書費用などがありますが、主なものは印紙代です。
例えば、330万円の請求をするときは、印紙代は、2万2000円となります。
なお、最終的な負担は、勝訴割合、敗訴割合で決めるということになります。先ほどの330万円の例ですと、60%の請求、つまり198万円が認められた場合は、次のような計算になります。
すなわち、原告が6割勝ち、被告が4割勝ったので、それぞれの敗訴割合は、原告が4割、被告が6割です。この割合(原告40%、被告60%)で、訴訟費用を負担します。

次に、弁護士費用というのは、読んで字の如し、弁護士に支払った費用のことを言います。法律で定められた制度ではありません。
これは、いくらになるかはそれぞれ弁護士次第です。実費も含めることがあります。
なお、現在はなくなりましたが、かつては弁護士会が報酬基準を定めていまして、300万円までの請求であれば、請求額の8%、獲得額(勝った金額)の16%となっていました。今でも、一応の基準になっています。
なお、タイムチャージといって、時間単位で報酬を算定する方法もあり、これは、いわゆる相場が2万円〜、という感じになっています。

開示費用というのは、これは調査費用とも言いますが、要するに、匿名で投稿された投稿について、その投稿者を調査する、すなわち発信者情報開示請求に費やした弁護士費用をいいます。
開示請求をする人が弁護士に支払った費用がこれに該当します。要するに、弁護士費用のうちでも、発信者情報開示のために使った費用をいいます。

Q92.Q91について、具体例で説明をしてください。

○設例(開示請求から訴訟提起まで)

Xは、5件の投稿について弁護士Bに依頼して発信者情報開示請求を行った。
その弁護士費用として、Xは、50万円をBに支払った。
5件の投稿のうち、3件については、発信者情報開示請求が認められた。3件の投稿は、いずれもYが行ったものである。
Xは、弁護士Bに追加で15万円を支払い、Yに対して、上記3件について、損害賠償請求をする訴訟を提起した(Xは原告、Yは被告となる。)。
請求内容は、次のとおりである。
投稿1件あたり100万円の慰謝料として100万円x3件=300万円の賠償
開示費用として30万円(50万円で5件開示請求し、そのうちの3件であるため)
上記330万円を請求するための、この裁判の弁護士費用として33万円。
以上、合計、363万円(300万円の慰謝料、30万円の開示費用、33万円の弁護士費用)
また、Xは、訴状に貼付する印紙代として、2万4000円を負担した(訴訟費用については、切手代などもあるが、今回は、単純にするためにこれは除いて考える。)。

○設例(判決)

裁判所は、慰謝料については、1件あたり100万円の請求中20万円、合計60万円を認めた
開示費用については、全額の30万円を認めた。
弁護士費用については、33万円のうち9万円を認めた。
以上の合計は、99万円である。
訴訟費用については、10分の7について原告負担、10分の3について被告負担とされた。

○解説

まず、慰謝料の関係ですが、これはどんぶり勘定のところもあります。そして、訴訟では請求した金額以上の判決はでません。そして、請求額が140万円以内ですと、簡易裁判所の管轄になるので、地方裁判所で審理してもらうために、合計が140万円を超えるように調整することが多いです。
ここでは、1件の投稿について100万円、3件なので300万円を請求した、ということにしました。
なお、このように管轄の問題や上限の問題もあるので、請求額はかなり大雑把に、多めに設定されます。ですから、例えば請求額の3割しか認められなかったからとか、そうやって勝ち負けを論じるのは、SNSでよく見る論法ですが誤りです

次に、開示費用ですが、これは、過去のQ&A等でも多数解説していますので、詳しくはそちらを読んで欲しいのですが、実際に弁護士に支払った金額を賠償金として認めるケース、一部考慮するケース、認めないケースと、いろいろと別れています。
最近は一部だけ認めるケースが多いと感じていますが、被告が弁護士を付けていない(理論的反論をしていない。)とか、本件のように1件あたり10万円くらいまでなら、全額を認めるケースも散見されます。
なお、全額を認めるとしても、あくまで、開示が認容された件数で按分します。つまり、本件では、5件の開示を50万円で請求して、それで、3件が認められたので、50万円÷5×3=30万円、という計算になります。ですから、その30万円を請求しています。

以上の合計は、330万円となります。そして、弁護士費用として33万円を請求しています。
ここで不思議に思われるかもしれませんが、開示の弁護士費用は50万円で、うち30万円が本件開示のための金額、そして、賠償請求訴訟については15万円を支払っています。いずれの数字とも違います。33万円という数字は、どこから出てきたのでしょうか?
実は、訴訟で請求する弁護士費用のうち、開示費用は実際に使った費用を請求しますが、賠償請求の弁護士費用(つまり、賠償請求訴訟で請求する弁護士費用)は、この種の案件に限らず、請求総額の1割を名目的に請求する、ということになります。請求額の1割というだけで、実際に使った弁護士費用とは、一切関係ありません

上記の合計、つまり、慰謝料の300万円、開示費用の30万円である330万円、それの1割ということで33万円を弁護士費用名目で請求する、ということになります。
実際に、賠償請求のために原告Xが弁護士Bに支払ったのは15万円ですが、名目的な請求ですので、15万円ではなくて33万円を請求することになるということです。
ですから、以上の合計は363万円となり、これが請求額となります。
これに対応する訴状に貼付する印紙額は2万4000円となります。

さて、裁判所は結論として、慰謝料1件100万円、合計300万円のうち、1件20万円、3件で60万円を認めた、という設例になっています。
開示費用については、今回は1件10万円程度ですので、全額が認められたことにして、30万円を認めた、という設定にしています。
そして、弁護士費用ですが、請求する金額が請求額の1割であるのと同じく、裁判所が認める金額も、認めた金額の1割です。
つまり、60万円の慰謝料+30万円の開示費用で90万円、それの1割ということで9万円、合計で99万円となります。

訴訟費用ですが、これは、請求総額について認められた割合で計算しますが、端数を丸めることもあります。本件では、約27%が認められています、逆に計算すると、約73%が認められていない、ということになります。そこで、原告が10分の7、被告が10分の3負担としました。
この場合、判決とは別に、判決の確定後に訴訟費用確定の申立てというものをすると、別に支払いが命じられます。
なお、ここでは話を簡単にするために切手代他は除いていますが、それで計算をすると、2万4000円の印紙代のうち、7割の1万6800円が原告負担、3割の7200円が被告負担になります。
そして、原告は、既に2万4000円を支払っているので、うち、被告負担額の7200円のみを請求できる、という計算になります。

以上、まとめると、慰謝料60万円、30万円の開示費用、9万円の名目上の弁護士費用ということで99万円(実際には投稿日から年利3%の利息も付きます。)そして、訴訟費用として7200円について、XはYに支払わせることが出来る、ということになります。

最期に、赤字、黒字の話をしますと、原告Xは50万円の開示費用と賠償請求の15万円、2万4000円の訴訟費用を支払っているので、経費は、67万4000円となります。
一方で、被告Yは、原告Xに、判決99万円+訴訟費用7200円、合計99万7200円を支払うことになります。
なので、Xは、99万7200円−67万4000円=32万3200円の「黒字」ということになります。
なお、賠償請求訴訟の弁護士費用として、36万円を請求していて、そのうち9万円だけが認められたというように見えますが、上記のとおり、実際は15万円です。これは、以上で解説した1割ルールによるものですから、36万円ではなくて、15万円のうち9万円を回収できた、という計算になります。

ネット上の投稿に関する賠償請求は、訴訟費用と弁護士費用の他、弁護士費用のうち開示費用との峻別など、ややこしい問題があり、私も法律相談をするなかで、むしろ、この点を誤解していない人が珍しいくらいです。誤解をしないようにしましょう。



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