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滋味礼讃 130 焼き鳥

 『焼き鳥』と聞くだけでお酒が欲しくなるのは飲んべえのサガというもの。
 一口大に切った鶏肉を串にさして焼いたものですが、焼き鳥屋さんでは豚や肉以外の食材も提供されますね。

 ねぎま、鶏皮、つくね、ハツ、砂肝、軟骨、ササミ、ぼんじり、豚トロ、銀杏、枚挙に暇がありません。ドラマ『深夜食堂』では豚バラトマト巻きなんてものも登場していました。

 中には雀の丸焼きもありますね。京都の伏見稲荷大社の名物になっています。訪れた際、私はオーダーする勇気がもてず、きつねうどんを食べた記憶があります。

 北海道にいた頃はしょっちゅう飲み歩いていたので、結構な頻度で焼き鳥屋さんに顔を出していました。六軒ほどの焼き鳥屋さんに出没しておりましたが、どのお店にも特色があり、同時にそれぞれでの思い出があります。

 その中の一軒の焼き鳥屋さんに、当時習っていた英会話の先生と何度か行きました。彼はアメリカ人で、ほとんど日本語がわかりません。私の英語もたどたどしいので、二人の間に電子辞書を置き、ゆっくりと串が焼けるのを待ちながら話すのです。
 不思議と、授業で話すよりも焼き鳥屋で話すほうがなんとなく通じたりして、しかもよく覚えるんですよね。きっと、楽しかったんだと思います。
 その時初めて、英語というのはツールであり、相手のことを理解したい、自分をことを話したいという気持ちがまず必要なのだという当たり前のことを認識したんです。英語が好きになったのは、そのときだったと思います。

 その店には陽気なご主人がいて、言語の壁もこえてアメリカ人の先生に気さくに接してくれました。言葉なんてわからなくても、とびきりの笑顔で迎えてくださったのです。その姿も、見ていて心地よかったんですね。
 なぜなら、海外の友人たちと飲み歩いていると、差別を目の当たりにすることがたびたびあったのです。言葉で、視線で、態度で、いろんな形の差別を感じました。こちらまで憂鬱になったり、ハラハラしたりします。彼らはいつもこんな目にあっているのかと知って、哀しかった記憶があります。けれど、この店の主人はまったくそういうのがなかった。素敵な人でした。

 ところが数年後、彼は病気で他界してしまいました。
 店は他の方が引き継いだようですが、なんとなく足が遠のいてしまい、それっきりです。あのご主人の笑顔があそこの焼き鳥の隠し味だった気がします。

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