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【ショートショート】ゆでん

 草津温泉に浸かってのんびりしていたら、ぐらぐらっと来た。
 大地震だ。
 もともと温泉地なんてものは火山の近くあるのであり、いつ揺れてもおかしくない。
 幸いにもホテルは堅牢にできており、たいした被害はなかったが、オレはベッドから転がり落ちて、腰を打った。
「いててて」
 ホテルの従業員たちはバタバタと走り回っている。それはそうだろうな。
 オレはせめてものことに、温泉に漬かることにした。
 湯の中にいると、腰の痛みも引いていくようだ。
 露天風呂に移った。
 岩の高いところから、お湯が流れ出している。
 その流れを見ていると、突然、色が変わった。白いお湯がどろどろした黒になった。
 地震のせいで湯脈に原油が流れ込んできたらしい。
 オレはあわてて湯から抜け出したが、体中ぬるぬるだ。
 水道の栓をひねったが、当然のように原油が出てくる。
「こりゃかなわん」
 バスタオルで必死になって体をこすり、部屋に戻る。
 部屋に戻って、栓をひねると水が出た。こっちは湯脈からではないから、ふつうの水が出るのだ。もう一度服を脱いでごしごしと体を拭いて、ようやく落ち着いた。
 まったくとんでもないことが起きるものだ。
 オレは妻に電話した。
「あら、あなた。心配していたのよ」
「ニュースで流れた?」
「草津温泉ずいぶん揺れたみたいじゃない」
「揺れた揺れた。腰を打った。それでさ」
「なに?」
「湯殿が油田になりました」
「なにバカなこと言っているの」
 電話を切られた。
 ふだんバカばかり言ってると、いざという時、信用されない。

(了)

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