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【ショートショート】隣の家の柿(十四郎外伝)

「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」
 ごーん。
 近所にある寺が鐘を鳴らす。鐘などいくら鳴らしてもよろしい。
 問題は柿である。
 たわわに実った柿の実である。
 自分の庭の柿の木ならば即座に収穫して食うのであるが、残念ながら、目の前のこの柿の木はうちの木ではない。
 となりの柿の木がツゲの生垣を超えて、にょろにょろとうちの庭に進出しているのだ。
 しかも、どういう具合なのか、実の生っている枝は、うちの庭に進出している部分だけなのである。
 柿に好かれているとしか思えない。あるいはとなりの家が柿に嫌われているとか。
 うちの家族は全員が柿好きである。しかし、柿の木はとなりの家の所有物である。どうしたものか。
 もいで隣に届けるべきであろうか。
 となりの家にも弱みはある。本来、生垣の塀を跨ぎそうになった枝はすぐに切って落とすべきである。庭の空間はうちのものなのだから。塀をまたいでしまった点で、柿の実の所有権はとても曖昧になってしまうのだ。
 となりも食いたい。
 うちも食いたい。
 お互いにすくんでしまって、ただ熟した柿を見つめるのみになる。
 そこへカラスがやってくる。
 端から順番に柿を食っていく。よほどうまいのであろう。次の日には仲間を連れてやってくる。
「今年もカラスが柿の実を食っていますよ」
 と私はとなりの主人に告げる。
 主人は、
「そうですか」
 と言って、悔しそうに私を見つめる。おまえがはやく収穫して持ってこないからだと言いたげだ。
「そうなんです」
 と私も悔しげにいう。
「このままだと全部食われてしまいます」
「残念です」
「残念です」
 私たちはお互いに背を向ける。今年もまた話し合いは決裂だ。あの柿の実を味わえるのは、カラスだけか。
 私はスーパーで柿を買ってくるが、まずい。庭の、あの赤く熟した柿にはとうてい及ばないように思う。
 私たち家族は縁側に打ち揃い、スーパーのまずい柿を食いながら、庭の柿の木の枝と、おいしそうな柿の実と、それを食うカラスを見つめる。カラスは心なしか、得意げな表情をしている。

 いやあ、人間というのは、じつに愚かなものですなあ、とチドリの十四郎はお話を語り終えた。私たちはごくりと唾を飲んだ。

(了)

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