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容姿コンプレックスに悩み続けた私が30歳になって。

女子は「インスタ映え」する可愛い子が好きだ。同じ2ショットの写真を載せるなら、映えない子より「映える」子との写真を選ぶだろう。

私の学生時代はプリクラが主流であった。プリクラ交換が流行っており、可愛い子同士のプリクラはすぐになくなる。私のプリクラはいつも残っていた。

みんなで一斉にプリクラの入った缶を開ける「プリクラ交換の儀式」は、私にとって恐怖の時間でしかない。

現代のように顔の補正機能がないので、見た目がイマイチな子の「映えない」プリクラは映えないまま。
いつまでたっても残りもののただの紙切れだ。

特に可愛い子と撮るプリクラは恐怖でしかない。イケメンとブサイクの漫才コンビの宣材写真を見ているような気分になる。

プリクラは私にとって、容姿の悪さを自覚させられる残酷な機械でしかなかった。

女子校ではイジメこそなかったものの、顔が芸人に似ているとからかわれたり、顔の特徴から残酷なあだ名をつけられたこともある。

大人になって自由に使えるお金が少し増えてからは、容姿のコンプレックスにとにかく投資した。

歯列矯正をすればすきっ歯は気にならなくなる。

全身脱毛をすれば毛深さに悩まなくて済む。

くせ毛は縮毛矯正の上手いヘアサロンを見つければいい。

地黒は高いサプリと高機能の日傘と日焼け止めを年中塗りたくれば2年くらいで少しマシになる。

背の低さは自分の体型に合う洋服と足に合うヒールでごまかせる。

顔の大きさは有名な小顔矯正に通えばいい。

目や鼻はメイクでどうにもならなければ整形することもできる。

一通りやってみて、コンプレックスはお金である程度解決できることを知る。

まぁ整形など大々的なことは勇気がなくてできていないし、自分の容姿が好きなわけでもない。

それでも一応彼氏もできたし、結婚もして30歳になった。

お金をかけても解決できていないのは、他人と比較してしまう自分の性格だった。

どんなに可愛く綺麗になっても上には上がいるし、芸能人のような見た目になれるわけではない。そういう自分と折り合いをつけて生きて行かなければいけないのに。

私の物事の判断基準は長らく「まず綺麗で可愛くあるということ」だった。私は性格ブスだ。自分が自分にかけた呪いは深い。

30歳になった今の私がほしいものは、容姿の可愛さではなく「1人でも生き抜く力」だ。

自分の稼いだお金で、死ぬまで生活できる力がほしい。

「1人でも生き抜く力」は一生の武器になるし、容姿と違ってお金で買えない。そして廃れない。

そういう生き方をたくさん見せてくれたのが、noteの投稿だった。

知らない人ばかりなのに、文章に惹かれた。知らない誰かの生き方に強く共感して引き込まれた。

容姿の美しさなんかよりも、好きなことがある人が最強だし、生きる理由がある人が素敵で眩しい。

何かに夢中になることは、簡単なようで実は難しい。こんな呪縛どうでもよくなるくらいに、自分が夢中になれることを増やしたい。そのために今日もコツコツ頑張る。

綺麗になることを、もっと清らかな気持ちで楽しめるその日まで。


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