「ECだけでOK」は本当か?
"販売"を目的としないショールーム型店舗「売らない店」がよく知られるようになりました。
米国発のb8ta(ベータ)は有名ですが、以下に引用した日経クロストレンドの表のように、百貨店などの既存の小売店も参入が相次ぎ、"買い物"の新たな在り方を求める動きとなっています。
こうした動きの背景には、顧客側の変化があると言われています。その一つが、店員さんに「購入を迫られるのが嫌」という顧客心理です。
「売上を上げたい」という店員さんの下心が見え隠れするような接客は、もともと好まれるものではありません。
前回のnoteでも"ほんもの"を意味するオーセンティシティ(Authenticity)というキーワードを挙げましたが、顧客側も「店員さんは"似合う"と言うけど、これはタテマエであって本心ではないだろう」と見抜くようになっているといえるのかもしれません。
さらに、コロナ以後にECの存在感が高まったことにより、店舗の役割が変わりつつあるようです。
BEAMSはECでも店員さんが主役
2020年、国内アパレルの市場規模は、前年比89%の7兆5,000億円まで落ち込んでいました。そこでBEAMS(ビームス)は、大幅な組織改編を2021年9月に実行し、ECや店舗で分かれていた組織をカスタマーエンゲージメント本部に統合したそうです。
BEAMSの取り組みで特におもしろいと思ったのは、以下のような点です。
もともとBEAMSの会員売上(実店舗・EC)は、アクティブ会員(年2回以上の利用)で7割以上の売上を構成している
さらに実店舗とECの両方のチャネルを利用している顧客は売上金額が大きい
そこで両チャネルを連携する施策として店舗スタッフをスター的な存在にする取り組みを開始
各店舗スタッフが自身のコーディネートの写真や動画を公式サイトに投稿
PVやお気に入り数、フォロワー獲得数、投稿経由のEC売上を計算して上位100位を社内で表彰
設楽洋社長のインタビューによれば、現時点では次のような結果となっているそうです。
自社のECサイトで商品を購入するお客様の6~7割がスタッフが投稿した情報を経由
スタッフはSNSを自由に活用してOK
売上高に占めるECの比率は30%超に
さらにBEAMSは取り組みを進めて、BEAMSスタッフやゲストなど「人」を前面に押し出した「B印マーケット」というECを2022年2月にオープンしました。
「B印MARKET」の取り組みを取材した記事では、次のように解説されています。
店主ごとに小さなコミュニティーをつくり、BEAMSスタッフと顧客のあいだに濃い・深い関係を作り出すという、とても興味深い取り組みです。
3COINSもスタッフが発信、バーチャルメイクも発達
BEAMSのように、店舗などのスタッフが自社サイトやSNSで発信する取り組みは当たり前になっていくのかもしれません。
300円雑貨ショップの「3COINS」を展開するパル社では、会社としてInstagramでの発信を推奨しており、自社ECサイトであるパルクローゼットにはスタッフごとのページがあります。
次のような取り組みが記事では紹介されています。
販売商品をスタッフが実際に使用する様子を動画で配信するパルクロLIVE
テキストでメッセージのやりとりができるチャット機能
発信内容は完全に個人の裁量に任せられている
オンラインでの効果的な発信方法を学べる機会を、全社的に提供
また、店舗でしか提供できなかった仕組みも、テクノロジーの進展によりオンラインに取って代わる可能性が出てきました。
資生堂は店舗でのカウンセリングを通じて顧客にメイクを試してもらい、化粧品を販売してきたことはよく知られていますが、AR(拡張現実)・AI(人工知能)技術を使ったバーチャルメイクの仕組みを通じて顧客との接点を新たに生み出しています。
あらためて、店舗の新たな役割はどう変わろうとしているのでしょうか?
次に、さまざまな店舗の新しい在り方を模索する事例をみながら、考えていきたいと思います。
事前予約必須のドルチェ、小嶋陽菜さんのD2C
人気イタリアンレストラン「TACUBO(タクボ)」の姉妹店である、パティスリー「DOLCE TACUBO(ドルチェ タクボ)」のドルチェは、数日前に予約しなければ買えません。
なるべくいちばん美味しいドルチェを食べてほしいと、調理はすべて予約時間から逆算しているそうです。
裏を返せば、ミシュラン一つ星店のドルチェが「並ばずに買える」ので、ファンにとってはうれしい仕組みだといえるでしょう。
工夫しているのは、代官山にある"店舗のつくり"です。美術館のようなつくりになっており、店舗ならではの独自の世界を感じさせてくれます。
逆に、もともと店舗をもたないD2Cをプロデュースする元AKB48の小嶋陽菜(こじはる)さんは、あえて店舗をつくりました。
その理由について、小嶋さんはインタビューで次のように述べています(太字は筆者)。
同店舗は、服は試着のみ、ECで購入するショールーミング形式してスペース確保。小嶋さんは、「ブランドの世界観」「お出かけの特別感」が感じられる場所をつくるために、店内の小物や内装には徹底的にこだわったそうです。
こうした事例から、あえてリアル店舗でないとできないこととして、企業やブランドの独自の「世界観を表現する」ことが挙げられます。
美術館やアトリエのような雰囲気にするのも、小物や内装に徹底的にこだわるのも、ファンにとって特別な場所、サンクチュアリ(聖域)のような場所にしたいからであり、そうした世界観を顧客に体験してもらいたいということです。
その一方で、購入をECにすることで、どのような顧客なのかの「顧客データを集める」こともできます。ECと店舗の良さをかけ合わせています。
試着や仕立直しなどサービスに特化した「売らない店」も登場
アメリカの老舗高級百貨店「Nordstrom(ノードストローム)」は、大都市のニューヨークに旗艦店を構えていますが、その一方で都心から外れた場所「Nordstrom Local(ノードストローム・ローカル)」という小型店を展開しています。
「売らない店」ですが、次のようなサービスを展開しています。
ネット通販で買ったもののピックアップや試着
取り寄せたものは試着して気に入らなければ返品できる
洋服の仕立て直しやギフトラッピング
こうした顧客への手厚いサービスは、やはりECだけではむずかしく、小型の店舗を展開することで提供するのはリアルならではの価値となっています。
こうした価値は、Apple Storeにも共通する話だと思います。
iPhoneやiPadなどデジタルの先進企業であるAppleが、あえてApple Storeというリアル店舗を展開する理由は、どこにあるのでしょうか?
スマートフォンは、紙の説明書で説明するにはむずかしく、AppleはiPhoneの販売時に最小限の説明しか加えていません。しかし、ユーザーは何か困ったことがあったときに、店舗にいけば聞くことで解決することができます。
また、スマートフォンはユーザーが「何がわからないかが、わからない」という種類の製品です。リアル店舗であるApple Storeがあることの安心感、そこでの顧客体験がそのままAppleの企業やブランドの価値につながっているのではないでしょうか。
あらためて「店舗の価値」を考えよう
ここまで、店舗の役割をあらためて考えるため、いくつかの事例を紹介しました。要点を整理してみます。
無人レジをはじめ”レジ打ち”のスタッフは必要性がなくなりつつある
そもそも店舗に「販売」の機能は必ずしも必要ない
店舗スタッフがSNSで発信することで顧客と深くつながることができる
店舗スタッフはEC・デジタルで新しい価値を発揮できる
店舗はリアルな空間だからこそ企業やブランドの「世界観」が伝わる
試着・仕立て直し・ギフトラッピングなど店舗だからきめ細かく手厚いサービスができる
店舗は「何がわからないかが、わからない」という顧客に対しても専門的な知識でコンサルテーションできる
こうして並べてみると、以前に言われていたような「店舗(リアル)とEC(デジタル)は相互にカニバる(食い合う)ので社内調整が大事だ」というフェイズはとっくに終わっているのがよくわかります。
店舗(リアル)とEC(デジタル)をハイブリットで使い分けるのはすでに大前提であり、本質的に「それぞれで提供するべき価値が何なのか?」を模索しているところなのだと思います。
たとえば、間違いなく「接客」に代表されるような情緒的価値は店舗のほうが良く、企業やブランドの世界観の表現や、専門家としてのきめ細かいサービスなどはリアルだから展開できることです。しかし、その一方で「販売」に代表される機能的価値は店舗である必要はなく、むしろ顧客データを取得するという観点ではデジタルのほうが有利です。
もっと言えば、デジタルでのコミュニケーションは「購入と購入」「来店から来店」の間をつなぐ役割を担えるはずです。日々のつながりをつくり、関係性を深めるようなきめ細やかなコンテンツの提供は、もっとデジタル側が担える役割なのではないかと私は思いました。
私自身はユーザーの行動からコンバージョンを最適化するサービス「Sprocket(スプロケット)」を提供する会社を経営していますが、あらためて今回の記事をまとめてみて「EC(デジタル)で出来ることがまだあるのでは?」と感じました。
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