人 byだて

  永遠に広がる空間に、小さな星がひとつ。その星は自ら熱を発することもなく、他の星に温められることはなく。ただ、静かに冷たいまま。
 二人の男女が降り立った。
『チッ、やっぱりハズレかよ』
『空気がある星はもう望み薄かなぁ。あーあ、早く新鮮な気体を取り込みたーい、ずっと念話してると声の出し方忘れちゃうもん』
 その二人は生身であった。
『まあ、住人を退けるだけの簡単なお仕事だ。さっさと終わらせるか』
 ボロボロになった軍服と、身の丈より長い得物を除いて。

『いっつも思うけどよ、マスターはなんで暗視の機能をくれなかったんだろうな』
 頭上には無秩序に散らばる星が輝いて見えた。他の方向は一寸どころか、数ミリ先も闇に飲み込まれている現状に、男は仕方なく自分の目から光を出す。
『エネルギーは節約しとくね』
 女は言って、男の袖を掴む。
『お前がサボりたいだけだろ』
 辺りはまるで白紙の上のようであった。星の歴史を示す小さなクレーターがわずかに見られる。さらに二人の足跡が描き加えれ、一つの芸術作品のような美しさを放っていた。
 ブーツの裏からは硬質な感触、細かく覗き込めば氷であることを確認できる。
 遠方を見ても地平線がすぐ近くまで迫っているだけで、二人の元いた星よりも規模が小さいとしか感じない。
『こちらアンスロッピー、天体i、状況は〜』
 丁寧に仕事をこなしていく。

 二人の母国、いや、母星は豊かであった。少なくとも今まで見てきた星の中では。
 ある日、人間の科学者たちは、人を製造する方法を見つけ出した。男女の交わりなく、無数の有機物のつなぎ合わせで。それもなんと、容量の許す限り好きなようなカスタマイズを施せ、人間を超えたものを生産できた。
 人間を超えた知能、人間を超えた身体能力、人間を超えたエネルギー効率。
 多くの民は喜んで、自分好みの相棒を作った。
 多くの組織や国家は他人の使用を恐れて、自己防衛の大義名分で軍隊を製造した。
 過去に一度、製造された人は、ただ利用され搾取される現状を打破するために反乱を試みた。人間に変化を求めた。
 人間に多少の被害はあれど、作られた人はボタンひとつで無効化された。
 この事件によって確かに変化はあった。
「心が今回の事件の主犯である。心を消して、空いたリソースで多くの機能を追加できる」
 ある人間がそう唱え、全世界が賛同した。
 元あった機能を消して、新たな能力を追加する。皮肉にも、生み出された人の知能によって、人を生み出す研究は加速度的に発展していった。
 心が消えた、寿命が減った、声が消えた。
 その空虚には人間にない器官、人間にない意思疎通方法、人間にない身体の駆動原理。
 それらの組み合わせによって、単身での宇宙探索が可能になる個体がでてきた。
 そして、
 そして、
 一部の科学者たちは空を仰いだ。
「はたして彼らは人なのだろうか」

 氷の大地が突如、二人の真下で爆ぜた。
 濁点まみれの咆哮は、
『こんにちは、ごめんね、あなたの声は聞こえないんだ』
 何とない女の返答で止む。
 氷の星にそぐわない、爆薬による爆発。
 細かく砕け散った氷の破片は、一部が宇宙の藻屑となり、重いものは再び大地に引き寄せられる。
 新参者のクレーターから、背に一対の翼をもつ巨大な、優に20メートルを超える龍が、血走った眼を二人に向けていた。
『悪いな、俺達もマスターからの命令だからさ。お前も同じような境遇だから、理解はしてくれるよな』
 抜刀した男女が一人ずつ。鏡合わせのように日本刀を霞と左霞に構えていた。

 爆発の衝撃で剥がれかけていた龍の鱗一枚、龍が消えた場所に取り残された。

 鱗によって硬質な龍の翼は、片翼は面で二人のいた場所を踏み潰すように落ち、もう片方は二人の避け先を減らすように台地を撫でる。
 二人は避けようとはしなかった。いや、避けられるはずがなかった。
 残像を残すほどの攻撃は、邪魔をするものは空気すらないこの地において、まさに「光速」だった。
 はずだった。

 小人を押しつぶさんとした対の翼は、一方は高く弾き返され、他方は大地にめり込むにとどまっていた。
 暴虐にさらされた小人は、どちらも鞘に刀が戻っていた。

 わずかに二人の身体が沈み、
 翼を開いて仰け反る龍の腹へ、飛び込んで切りかかる、
 その直前に龍の慣性が書き換えられた。大地にめり込んだ翼を支点に身体を回し、二本の刀はまたもや鱗一枚をはぎ取るだけだった。
 横を通り過ぎた二人を槍のような尾が追従し、やはり触れることはできなかった。

 人間によって作られた人は、人間の代行者となった。
 知能を使い、物を作り、人間を楽しませる。
 量産される人は、巨大な宇宙船よりよっぽど安価で、なによりも人間に一切危険が及ばない。雑に宇宙開発に使われるのは当然の流れだった。
 星を手当たり次第に占領する。まれに見かける星の先住民は、人の障害にはなりえなかった。
 人間による人を使った宇宙侵略。
 他の文明は手を結び、侵略を食い止めるように対策をとった。
 監視であったり、地雷であったり、戦闘兵器であったり。
 いくら人といえども、母星から離れるほど物資の供給や情報伝達は難しくなる。人間による人の侵攻はある程度の範囲で食い止められていた。

 拮抗した戦闘は、どちらの体力が先に尽きるかが結論だ。
 三日三晩(あくまで人の母星においての時間だが)続いた争いは、美しいエンドロールを迎えた。
 三者三様に動きが鈍くなっていた。こときれる順番がわずかに早かったのが、男であったというだけだ。
 龍の尾を逸らそうとした刃こぼればかりの刀は宙を舞う。右脇腹が半分ほど抉り取られ、男は先ほどの氷のように宇宙の塵となる。拒絶の意思でがむしゃらに手を伸ばして
『そんなの許さないから!』
 両手で包み込まれた。温もりが感じられる。
 女は自分の胸元まで手繰り寄せる。
『きみのこと、一瞬たりとも諦めないから!』
 女の、やけに物語チックなセリフ。
 人間のフリなんてしちゃってさ。
 だが、聞いた男もなぜか気恥ずかしさを覚えた。心を削って得た便利機能だらけの身体のはずが、不便な心などいらないはずが。
 あっても、案外悪くないような気がした。

 龍の猛攻は止んでいた。目に深々と刀が刺さっている。
『節約したエネルギー分くらいはね』
 はにかむ女。

 大地に座る二人とも、意識が明滅し始めていた。
 母星との連絡はもう取れない。敵対勢力による妨害なのか、マスターの諦めによって見捨てられたのか。
 数万といる兄弟姉妹たちも、どこかの星で同じような運命をたどっているのだろうか。
 どうせ使い捨てられる人に、寿命は大してない。
 空っぽな人間のふりをした身体。
 マスターを疑うことは決してなかったが、片道分の燃料しかないことなどわかっていた。それが母星のためであり、立派な役目の果たし方だと、肘掛け椅子の上から教えられた。
『ねえ、一緒に踊らない?』
 女は男の腕をひっぱりあげる。
『俺は踊りなんか知らないぞ』
『リズムに合わせて横に歩くだけでいいの。曲はマスターに教えてもらったから』
『マスターもお人形に芸術なんか教えて、どうするつもりだったんだかな』
 女は身体に残ったエネルギーをかき集め、声帯を揺らし、わずかずつ気体を漏らして、この星に歌を届けた。
「とまるも行くも 限りとて
かたみに思う ちよろずの
心のはしを 一言に
さきくとばかり 歌うなり」
 はかないことに、この歌を聴く者はこの歌の意に沿うことはなかった。
 二人は寄り添うように、ゆっくりと穴だらけの氷を踏みしめる。完全な暗闇で足がもつれ、やがて龍に抱かれるように機能を停止した。
 光源はなく、頭上には蛍のように瞬く星ばかりであった。
                                                                                                     byだて

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