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 「誰かの死」を乗り越えた先に

 私は10年前に元彼を自殺で亡くしている。いじめが原因だった。さまざまな苦難や葛藤を乗り越えて、もうすぐ命日になろうとしている。
 
 過去の私は、「彼のために生きなくてはならない」「大切な人のために何か与えなければならない」などの思考だった。生きることに精一杯で、目の前のことに必死にならなければ生きていけなかった。

 現在はそうした固定概念や忙しなさがなくなり落ち着いた心で生きている。だが、それは決して彼を忘れたわけではない。よく言われている「心の中で生きている」とは違う。

亡くなった人への気持ちはどこへいくのか

 亡くなった当初は、風が吹けば「彼が何か伝えてくれている」など意味付けていた。彼といた時間が当たり前であり、もう会えない現実から目を向けれずにいたのだろう。
 
 今の私は、風が吹いても寒いとしか思わないし、何かが彼からのメッセージとも思わない。彼がいない現実を受け止め、少しずつ私の人生を歩み始めたからだろう。彼からもらった気持ちや優しさを受け止め、「わたし」という価値観の一部となって生きている。心の中で彼が問いかけてくれるのことはない。いまの私と選択が、言葉が、想いの中に彼と過ごした時間に影響を受けている。

 10年経ったからと言ってすべて癒えているわけでない。自ら命を絶った彼のために生きることももうしない。私は自身のために、「いまのわたし」を大切にしていきたい。

 

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