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私たちのすぐ隣にいる“カンチ”

 東京ラブストーリーを観終わった。
 もう、ほんとに、いい加減にしてほしい。

 カンチ、あなたはダチョウ倶楽部の一員ですか?というほど、毎度毎度綺麗にオチてくれている。「行くなよ、行くなよ」という場面でせっせと走って行く、「近づくな、触るな、キスするなよ」で、もちろん抱きしめてキスする。あなたはカンチであり、リカのたった一人の恋人なんだから、コントはしなくて良いのに。いつも最悪の方向に突っ走るバカ男、カンチ。
 ただこのカンチという男、視聴者を本気でイラつかせるのは「ドラマの中の人」とは到底思えない絶大なリアルさがあるからではないか。

 田舎から転勤で東京にやってきたカンチ。あの絶妙なダサさを演じきったのはすごい。なぞのステッチがついたワイシャツ(あれは全ての工場で生産をすぐに中止すべき)に、Apple Watch、肩からかける小せえバッグ。とにかく頭のてっぺんから爪の先まで見事にダサい。のに、自分がダサいという自覚がまるでない。合コンなどに行っても「顔だけで選ぶなら誰?」という質問に女が一斉にカンチを指差して、まんざらでもない顔をする場面がある。伊藤健太郎が隣にいればもちろんイケメンだが、現実に置き換えたときのカンチの立ち位置の男は、イケメンではないがブサイクではなく、むしろ嫌味のない顔つきだから第一印象が悪くなく女が警戒心を持たずに接しやすい部類なのだ。こういう人は本当にいっぱいいる。
 こういうタイプの恐ろしいところは、自分を誠実な男だと信じてやまないところ。モテないからチャンスが無いだけなのに「自分は誠実だから」と勘違いをしている。本当の誠実が何かを理解していないため、チャンスがあればホイホイ女に会いに行ったり、平気な顔して浮気をして、すぐに嘘をつき、開き直って被害者面や責任転嫁、逆切れしたりする。本当に困ったタイプだ。三上くんタイプのほうが5000億倍マシである。
 例外なくこのカンチという男、誠実なフリをして、何度も三上くんに偉そうな説教をしたというのに、何度もリカを裏切っている。昔好きだった(というかモリモリ今も好きだろ)関口に、何度リカに嘘をついて会いに行って、抱きしめたか。挙句の果てにリカの留学中にリカへの思いが冷めてしまい、部屋に来た関口に泣きながら「俺はリカから逃げちゃってる」みたいな綺麗事を言い放った上でキスをした。
 は?と思うところが多すぎる。まず彼女の不在中に女を家に入れるな。次に、この時カンチはちょうど大風邪をひいていて、電話で風邪を知った関口が看病のためにカンチの家に来るのだが、怖い。大人の男が風邪をひいたくらいで、彼女のいる男の家に雑炊を作りに来れるのは「自分に対して好意がある」ことをわかっているからこそできる恐ろしい行動だからだ。末恐ろしい女だ。その後、風邪をひいているにもかかわらず関口とキス。自己中すぎる。風邪をひいていたら、キスをするな。ちなみに、この男は関口からの電話の前にあったリカからの連絡は無視している。もう言葉も出ない。極め付けは、ただただ「リカへの想いが冷めた」だけのことをかっこつけて被害者面して泣いている。同情の余地がなさすぎて、震えるしか無い。

 カンチの怖い話はこれで終わらない。
 カンチはリカとは別れ関口と付き合おうと目論む。別れてほしいと言ったあと、実はリカが妊娠していたことを知り、「何でこんな大事なこと言ってくれなかったんだ」と逆切れする。大事なこと、ならちゃんと対策をしろ、責任を持てないことをするなの一言に尽きる。
 ただ、リカもリカなのでその子どもは元彼との子なのだが、リカと別れて関口と付き合うと決意したはずなのに、またリカに会いに行って「俺はもうリカから逃げない」と宣言、そしてキス。
 これだけ逃げておいて、自信満々に悪びれもせずに堂々と「逃げない」という男のことを信じられるわけがない。リカは一度は受け入れたフリをするものの、それからカンチの前に二度と姿を見せなかった。
 リカと生きていくと決めたのに、消えてしまったリカ。カンチはここでようやくリカを思って泣く。もう遅い。私はここで初めてカンチに同情して泣いた。バカなカンチ。もう遅いんだよ。バカバカ。許してあげるチャンスも、信じ直せるチャンスも何度もあげたのに。こんなに好きだけど、もうさようならだよ……と名もなき視聴者が切なさに浸っていたその1分後。
 
 バカは学んだので、死ぬ物狂いでリカを探しに行って、何度でも告白して、何度でも振られるものだと思っていた。それがドラマだと信じていたからだ。けれど結末は、数年後に関口と結婚。

 口があんぐり開いたまま、エンディングが流れ始めた。信じられなかったけど、これが現実だった。悔しかった。現実を突きつけられた気がした。結局カンチが最後にリカに言った「逃げない」という言葉も、何もかもがウソだった。観終わった後は遥かなる絶望しかなかった。

 カンチという男は、ドラマのフリをしたただの現実だと思う。人間は弱いので、すぐに嘘をつくし簡単に人を裏切る。そして自覚のない大きな自己愛のおかげで、人をズブズブと傷つけている。

 一方三上くんはどこまでもドラマの人だった。イケメンでおしゃれでお金持ちで、医者の卵、家も車も持っていて、女にモテまくり。親と仲が悪く、幼馴染みのことがずっと好きでようやく手にしたのに自分の浮気癖のせいで別れ、婚約者のいた浮気相手の結婚式をぶち壊し、その浮気相手と結婚する。ドラマは、こうでなくてはいけない。

 カンチだけは、私の隣に、前に、後ろにいた。怖いくらいに。
 もしかしたら、私自身がカンチだったのかもしれない。

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