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「社会人の自覚を持とう」と言う前に考えたい研修企画のポイント

「今の新入社員はずっと“お客様”として育てられている」
そんな、新入社員に対する批評を目にすることが増えてきました。毎年決まって“最近の若者論”は繰り広げられますが、「お客様扱いを払拭する」「社会人の自覚と責任を持たせる」、そんな少し厳しい論調も増えつつあるように感じます。

「社会人やこの会社の社員としてどのように振る舞うべきか?」の前提がない新入社員に対して、期待する行動様式を伝えることは大切です。

ですが、恐らく至るところで、「学生気分を払拭させる」「社会の厳しさでスタンスを変える」ことを狙った新入社員研修が行われ…その多くは、「社会人としての自覚を持とう」「社会人こうあるべき」の一方的な説教を詰め込んだ濃ゆいものだったり、研修企画側の意図が透けて見えるために「白けたワークショップ」になってしまうことも珍しくありません。

事実、研修で学んだ内容の1~2割しか実践されていない、裏返せば9割は現場で生かされていない(『人材開発研究大全』(中原淳編:東京大学出版会)第13章 (関根雅泰 ・ 齊藤光弘 著))と言われるように、「いかに新入社員に、社会人の自覚やスタンスを身に着けてもらえるか」…と頭を悩ませている経営・人事担当の方も多いのではないでしょうか。

というわけで、社会人としての自覚・スタンスはどのように身につくか、研修企画にいかに反映させるかを3つのポイントで考えてみました。

[言葉の定義]
自覚:自分の状態や任務がどんな内容か、よくわきまえること
スタンス:ある行動を取る際の姿勢。
と定義されています。「自覚を持て」はすなわち、「自覚を持ち、スタンス(姿勢)で示せ」と言っているものと考えて以下は書いていきます。

1.そもそも「どんなスタンス」を期待しているかを明らかにすること

カタカナ言葉の解釈が違うことが、大きなすれ違いを生むことはよくあることです。まずは「スタンス」が何を指しているかを明らかにしてみます。

一言でいうと「社会人として期待される行動様式」です。

例えば、「自ら進んで仕事を見つけて取り組む」、「自分の頭で考えて答えを出す」、「現場やまわりの状況に応じて柔軟に対応する」というように、「社会人なら誰しもこう動いてくれるだろう」と多くの人が考えている期待行動が、社会人としてのスタンスを形成しています。

もう少し具体的に「スタンスの中身」を見ていくときに参考になるのが、経済産業省が提言している社会人基礎力です。

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「前に踏み出す力(アクション)」「考え抜く力(シンキング)」「チームで働く力(チームワーク)」の3つの大きな能力と、主体性、働きかけ力、実行力、発信力、傾聴力、柔軟性、状況把握力、規律性、ストレスコントロール力、課題発見力、計画力、創造力の12の能力要素に分かれています。

<前に踏み出す力>
主体性:自ら進んで取り組む力

指示待ちではなく、自分でやるべきことを見つけて取り組む
働きかけ力:他者に働きかけ巻き込む力
目的に向かって周囲を動かしていく力
実行力:目的へ向けて、行動により着実に近づいていく力
自ら設定・合意した目的目標に向けて粘り強く取り組む

<考え抜く力>
課題発見力:現状を分析し、解くべき課題を明らかにする力

「ここが問題で、こんな解決が必要だ」と提案する
計画力:課題解決に向けた道筋を明らかにして準備する力
課題解決に向けた複数のプロセスを見える化し、準備をする
創造力:新たな価値を生み出す力
既存の発想に縛られず、ゼロベースで解決方法を考える

<チームで働く力>
発信力:自分の意見をわかりやすく他者へ伝える力

わかりやすく整理し、相手が理解できるよう的確に伝える
傾聴力:他者の意見や気持ちを丁寧に聴く力
話しやすい環境をつくり、質問によって意見や気持ちを引き出す
柔軟性:異なる他者同士、意見や立場の違いを理解する力
自分視点のルールや方法に囚われず、相手を尊重し理解する
状況把握力:自分と他者・物事との関係性を理解する力
チーム・会社内で自分がどのような役割を果たすかを理解する
規律性:社会のルールや人との約束を守る力
状況に応じて自分の発言や行動、姿勢を適切に調整する
ストレスコントロール力:ストレスに対処する力
ストレスを成長機会と捉え、また適切に処理・対応する

いわゆる「勉強ができる」ではなく、いかに答えがない時代に問題に立ち向かい解決へ導いていくか。その姿勢や技術を統合した内容になっています。

ちなみにこの内容は、人生100年時代を見据え学生や新入社員に限らず“全世代の働く人にとって必要不可欠”だと言っています。「これらの能力を日々の業務で発揮できていますか?」と問われるとドキッとしてしまうのは、きっと僕だけではないと思いたい…。

2.スタンスが身につく過程を理解する

上の表に書いてある内容を読むと、恐らくその全ては知識として「理解できる」と思います。正論で確かに大事だよな、心がけよう…と頭では思っても、そのまま実用はできない。理解できても、「できる」そして「し続ける」までの間にはいくつもの「壁」を超える必要があります。

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※楽天大学学長・仲山進也さんの作図を引用※

スタンスの獲得は、楽天の仲山さんが書籍で紹介された図からも分かるように、教え込むだけでは不十分です。教えることで「知り」、実践することで「やってみて」、振り返ることで腹落ちする気づきがあり「わかり」、再び実践を繰り返すことで「できる」ようになる。そして時間をかけて「している」状態へ…。

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スタンスの獲得は、めっちゃ超えなきゃいけない壁がある!!

この難しさを理解した上で、研修企画や現場での関わり方を考えていく必要があります。決して「理念や行動指針の唱和」や「ルールブックの配布」だけでは身につかないのです。


3.どのような研修や関わりが望まれるか


以上までの前提を踏まえて、どのように新入社員研修を企画したり現場での関わり方を考えることができるでしょうか?そのポイントを3つまとめてみました。

3-1.長期的視点に立った新入社員の受け入れ体制

「知らない」→「している」へ向けてたくさんの壁を乗り越える必要があるように、新入社員の自覚やスタンス獲得は長期視点にたって研修会場のみならず現場の中で成長・立ち上がりを支えていくことが重要です。

新入社員研修では僅か1週間〜1ヶ月のうち、中には数日で学生気分を壊し、社会人として仕上げると銘打つものもあります。中には未だに大声を出して自己開示を強制し、自我を揺るがすことで強引に社会人スタンスを獲得させる方法論もありますが...トラウマを残しかねずとても危険だと思います。

研修で学んだことを現場に活かす研修転移では、研修自体の中身の重要さもさることながら、研修前後の受講者・その上司への関わりの重要性も示されています。

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影響度:研修転移に影響を与える度合い
使用度:実際に活用されている度合い
※1が「高い」、9が「低い」

研修内容が現場で活かされるか「影響度が高い」のは研修の前・後に上司である管理職・マネジャーがいかに受講者へ関わるか?でありながら、実際には「使用度が低い」結果で、ギャップがある現状です。研修前後の取り組みでは、

研修前の取り組みでは、
□ 研修受講者へ研修内容・目的を記した当日の案内を送る
□ 配属部署の上司へ研修内容について伝える
□(外注の場合)研修企画会社と自社に合わせたカスタマイズの相談

研修後の取り組みでは、
□ 研修の様子を配属部署の上司へ伝える
□ 上司から研修受講者へ内容を尋ねたり実践機会を与えてもらう
□ 研修後1,3,6ヶ月後に実践状況のアンケートやヒアリングをする

…ということが当たり前かもしれませんが、工夫して実施できることです。また研修企画を担う人事部門と配属部署がお互いの利害が対立して噛み合わず、うまく橋渡しができない...ということもよく聞きます。

両者の関係が硬直化して話し合いが進まない場合は、外部の会社に研修の企画段階から配属部署側の要件を聞き取ってもらったり、人事・配属部門がセットで参加するMTGの場を設けることでお互いの利害をすり合わせる。そうやって研修会場から現場への切れ目ない橋渡しを実現していく...ということも外部の企画会社を頼るうまいやり方だと思います。

3-2.受講者に合わせたプログラムの強度設計


最近は大学でもワークショップ形式による授業や課題解決形式のインターンシップで実践を積んでいる学生も多く、ワークショップ慣れしています。

そのため、現場の実業務から離れた仮想的なお題設定や自分がこれまで持っている知識や技術で解決できる内容であれば、姿勢やスタンスに影響を与えるほどの学びは生まれづらいでしょう。かといって、あまりに複雑すぎて右も左もわからない状態であれば、得られるものも少ないはずです。

プログラムの強度は、受講者の状態に合わせて次の3つの枠から考えると整理がしやすいです。

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頑張って手を伸ばしたら届くかもしれない。挑戦して失敗することもあるかもしれない。そんな挑戦空間の難易度が設定されたときに、学びは生まれます

現場から離れたお題に取り組む内容では、気づきを生むほどの「振り返り」がなされない可能性があります。例えば、実際に会社内に存在する「課題」をテーマに解決策を考えてもらったり、外部のクライアントへ提案をする...という機会設定も考える事ができます。

研修企画者やOJTを担当する方々は、新入社員の状態に合わせて研修プログラム内容とその難易度を調整することが求められます。

3-3.「指導と気づき」「心理的安全と責任」のバランス

最後にバランスの話です。コーチングのように教えるより導くようなスタイルが好まれることもありますが、知識や前提が無いのであればある程度の指導は必要です。どちらかに偏り過ぎず、相手の状態や内容にあわせて学びが最大化するバランスで統合する、というのが好きな考え方です。

「指導と気づき」
プレゼンテーションのお作法や名刺の渡し方のような知識や技術の獲得を狙うものは、講義形式で伝えていく。一方で「自ら進んで動く大切さ」や「異なる他社同士で問題解決をする」ようなスタンスや視点獲得を目指すものは、講義は短時間の知識提供にとどめて、受講者自らが発言や制作し、答えを出していく。その過程で気づきが生まれるようなワークショップ形式での進行が最適だと思います。

「心理的安全と責任」
僕自身、研修時のワークショップでは、受講者同士の関係性を重視するあまり「研修自体が設定していた学習目標につながらなかった。」…という苦い経験もあります。

一方で、「この場にどんな人がいるか分からない」「自分の責任だと問い詰められないか」のように心理的安全が無い状態では、負荷のかかるテーマに取り組んだり、自分の弱みを直視するような振り返りは行いづらいでしょう。目指すべきは、心理的安全性が高く、責任も高いような研修プログラムです。

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先の快適、挑戦、混乱ゾーンと同じように、研修空間も快適ゾーンを一歩出なければ、そこに学びは生まれません。研修空間の中で心理的安全と責任の両立を目指すために、

心理的安全
□ 会社側のリーダーから“失敗を恐れず取り組んで欲しい”
 のような新入社員の不安を軽減するメッセージを発信する
□ お互いに協力して課題に取り組むプログラムの設計
□ 自己紹介など発言しやすい内容からはじめる段階的な設計
□ 失敗を個人批判ではなく全体の学びに変える姿勢

責任
□ 会社側のリーダーから新入社員の期待を高めるメッセージを発信する
□ チーム演習の際には、会社で発生しうる実課題に近づけたお題の設定

…といった工夫が研修企画者にはできるはずです。

4.最後に

僕自身、新入社員研修を受けたのが約10年前。「怒られているのに笑うな!」と叱責される同僚の姿を気まずく眺めた日の記憶が蘇りました。自分の仕事への姿勢は、たくさんの経験とまわりの人たちのフィードバックによって、少しずつ形成されました。

育成や組織内部の問題は言語・構造化されないために、適切な対処法が見つからなかったり、曖昧なまま惰性で続けている研修や教育制度も多いと思います。

「社会人の自覚・スタンス獲得までにはたくさんの壁がある!!」こと、まずその前提を自覚することが難問かもしれませんが、苦労して採用した新入社員、その後の肝心な育成の時間と労力を無駄にしないために、研修や育成の方法を見返す機会になったら嬉しいなと思います。

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