変な話『蝶々の羽ばたき』

 どこかの大陸で、それほど大きくは無い蝶々が羽ばたいた。そのほんの小さな羽ばたきは、目の前の葉っぱをひらひらと微かに揺らした。葉っぱの陰に隠れていた青虫が、ちょうど上を通りかかった渡り鳥に見つかった。

 渡り鳥は、大海原を越える前の最後の食事に青虫を選んだ。ところが、青虫をついばみに地面へ近づいたところへ、山猫が飛び付いた。

 その瞬間を、木の陰に隠れていた男がビデオカメラで押さえた。

 男は、この動画が話題になると確信した。

 滞在していた古びたモーテルへ戻り、動画サイトへアップロードしようとした。しかし、その瞬間モーテルのブレーカーが落ちデータまでもが壊れてしまった。

 意気消沈した男は、やけ酒を煽るために近くのコンビニへと向かった。

 やり場のない怒りを収める為に、道端で眠っていたホームレスに唾を吐きかけた。

 だが、ホームレスは怒らなかった。何もなかったかのようにやり過ごした。そうする事が一番なのだとホームレスは経験から知っていたのだ。

 男は、酒を買ってモーテルへ帰る途中、ホームレスの前を通りかかった。ホームレスは眠っていたが男は先刻の愚行をふと思い出していた。しかし、男に謝る勇気は無かった。

 男は、一度止めた足をモーテルへと向けた。

 男は、モーテルへ戻ると錆びついたベッドに腰掛けると、明日の飛行機の時間を気にしながら深酒はせず、眠りについた。

 どこかの大陸で羽ばたいた蝶々の風が、天命を乗せているとは限らないのである。

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