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【短編小説】明日着る服

明日着る服

 彼は背が高くスラっとしているため基本的にどんな服を着ていても似合ってしまう。県の名前を冠した大学であるものの、キャンパス自体は山奥に存在し、彼が歩いているとかなり目立つ。そのくらい彼は整った容姿をしていた。
 しかし大学ではユニクロとGUの服以外の服を着ているところを見たことが無い。それは彼自身が自分のポテンシャルを理解し、素材で勝負しているなどといったこだわりがあるわけではなく、単に安く、服に何のこだわりもないため毎日ユニクロの服を着ているのだと後で聞いた。

 そんな彼に私は「もっといい服着なよ」「素材が良いのに残念だよ」などと茶化し、時にはほんの少しの勇気とともに「一緒に選んであげるよ」などとアプローチをしていたのだが、彼は決まって「いや、これで十分なので…」「服を買いに行く服が無いッス…」と返すのみであった。
 そんな自分のことに無頓着なところが私はたまらなく好きだった。

 私が彼を好きになったのは、サークルの新歓コンパの時である。私と同じ写真サークルに属しており、彼はその一つ後輩だった。
私の苗字は日本に数十世帯しかないかなり少ないものなのだが、彼はその読みを一発で言い当てた。そして珍しい苗字の方にはさして興味を持たずに下の名前の方の由来などを聞いてきたのだ。下の名前はさして珍しいものではなかったが「いい名前ですね」というものだから、「私の苗字に興味を示さねぇなんて、ふーん面白ぇ男」状態だった。(後で苗字の読みを知ったきっかけを聞いたら昔のアニメだった。理由がキモい!好き!)

 その容姿の整い具合に入学当初は惚れっぽい友人が彼に熱い視線を向けていたりもしたが、いつしか彼女も彼の話をすることも無くなった。きっと飽きてしまったのではないかと推測されるが、その気持ちも分からないでもない。
 彼は決してコミュニケーション能力が低いわけではないが飲み会の席などで彼が自分の話をしているのを聞いたことがない。
 知っているのは飲みの席で周りに合わせ一杯目にはビールを頼むが、それは残し(もしくは誰か(時には私に)に押し付け)すぐに二杯目としてコークハイを注文するという事くらいだ。
 特段隠しているというわけではないがふらふら漂うのれんの様にパーソナルな質問を躱し(もしくは誰か(時には私に)に押し付け)その場をいなすのであった。
 そんな様子にきっと人間的な面白みを感じず飽きてしまったのだろう。

  〇

 学祭前の準備期間、全体での打ち合わせが終わり展示会場のレイアウトが決まった。最近は授業にすら出ず、朝から晩までスプラトゥーンをしていたせいで写真なんて一枚も撮っていなかった。
 愛機であるデジタル一眼の「ダニエル」もすっかり埃をかぶっており、積まれた漫画の上に鎮座している。
 最近撮った写真と言えばスマホで撮ったおニューのブーツの写真と、星形のピノの写真くらいだった。今年の展示のテーマは『あたたかさとつめたさ』には奇しくも合致している。しかしさすがに…
 なんてことを考えていると彼から連絡が来ていた。
 「服を選んでくれませんか」
 なんてこったい。スプラトゥーンのイカちゃんも私も固まったまま地面を見ていた。

 〇

 駅前で待ち合わせをした。駅ビルに行けば新品の服が手に入るし、私の良く通っている古着屋も徒歩圏内にあった。
 彼は「服を買いに行く服が無いッス」などと言っていたが、私こそ服を買いに行く服が無いッスな彼と服を買いに行く服なんてないッス状態だった。
 昔から人並みに洋服が好きで、暇があるたびにSHEINやらZOZOやらで最近の動向をダラダラとチェックし、財布に見合ったものがあれば買う等してきた。
 そのため私の住むロフト付き6畳間のクローゼットはパンパンだった。しかし今日着ていく服だけが入っていなかった。
 デートでもなく、かといって大学に行く時と同じというわけにもいかずで、結局家を出る時間まで正解を出すことは出来なかった。
 私の心情を表したかのようなちぐはぐな服を着て駅前に向かうと彼はいつもと変わらぬユニクロの服でスマートフォンをいじっていた。
 その姿を見て私はなんだか落ちつきを取り戻すことができ、いつも通り「おつかれー」ということができたのである。

 正直彼はどんな服でも似合っていたし、何を着せてもそのジャンルの雑誌のモデルみたいだった。
 そのため後はどんな服を選ぶかは彼次第だったわけだが、何度聞いても「良く分からないッス」としか返さなかった。
 なりたい姿や目指す像が無いと選ぶ身としても困ってしまうのだが、本当に特に無いらしい。
 ついには「先輩の好きな感じにしてもらえたらありがたッス」なんて言い出してくる始末。おいおいこれは…

 UNITED ARROWSでマネキンが来ていたセットのほぼ色違いみたいな、シンプルな服を買い、私が自分の服も見たかったのでよく通っている古着屋に向かった。
 古着屋に入ると顔なじみの店員さんが開口一番「えーー?彼氏???」とリスキーな挨拶をぶっかましてきた。
「ちちっちちちがいますよ!!(本当にこう言った)」と返すと「なんだぁ」と残念そうである。
 彼女は多分私と同じ年くらいで、無神経なところがあるが、私にも良くしてくれるし店長に内緒でたまにちょっと安くしてくれるので好きだ。
 「すごいねーモデルさんみたいだ」
 と頼んでも無いのにパッパといくつか服を選んできて
 「これ着てみ~」
 と試着室に彼を促した。
 言われるがまま彼は試着室に入りそれを着てカーテンを開けると、それはもう、なんというか、完璧だった。彼という素材を最大限生かしつつ、最近のトレンドを組み込みながら、ちょっとだけ個性を出している。彼女もやはりプロだったのだなと感じた。
 店員さんもその仕上がりを見て興が乗った様子で次々服を持ってきては彼に勧めていった。私も「それいいじゃん」なんて返していたが、私がいなくてもうまく進みそうだったので、私は自分の服選びをすることにした。
 餅は餅屋、服は服屋に任せるべきだ。

 最近並んだであろう秋冬物のニットを物色していると店員さんと彼の会話が聞こえる。

「凪ちゃんと一緒の大学の子?」

「そッス…」

「へー!山の中で大変よねぇ、あ!これ着てみて!」

「はい…」

「これ何用の服ー?デート?」

「明日着る服が欲しくて」

「明日なんかあるの?」

「明日東京の大学にいってる彼女が返ってくるんです」

「えーーめっちゃいいじゃん!」

「はい…学祭の展示用の写真を撮りたくて…」

「ポートレートってやつか!」

「そッス…なんか…東京に行っておしゃれになってるんじゃなかなと思って…」

「たしかにねぇ」

「凪さんおしゃれなので」

「わかるー私も凪ちゃんの服好き」

「あとなんか彼女と雰囲気とか、好きなものとかがが似てて」

「そうなんだーなんかさー彼女さん東京行ってるってなると不安になっちゃうよねぇ」

「はい…」

「あ!ごめん落ち込まないで!大丈夫だよ!あした戻ってきてくれるんだから。あ、その服めっちゃいいじゃん!!」

 店員さんに「凪ちゃーん」と呼ばれ向かうと、しっかりおしゃれでありながら厭らしさを感じない服に身を包んだ彼が立っていた。

 「すごい!いいじゃん!いい服選べたね」
 「はい!ありがとうございます!」

 彼は試着していた服一式をを購入した。店員さんはこっそり割引券を私にくれた。

  〇

 学祭の日、彼の展示作品はポートレートだった。
 女の子を被写体としたデートしている風の写真群で自然光に照らされた女の子がとても素敵だった。
 被写体の女の子は手足が長く、目鼻立ちからは欧米の雰囲気が感じられ素材としてとても美しかった。
 そして特にカメラマンと被写体との関係性が垣間見えるように、女の子が屈託のない笑顔を見せていてとても自然だった。
 被写体の子の服はちょっとだけ芋くさくて、私はちょっとだけ泣きそうになった。

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