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サラダ判別師ネコノメ

新宿某所、商業ビルの立ち並ぶエリアでも一際高いビルの前に一人の男が立っている。

「ここが今日の畑か」

とても面倒だというように呟くと自動ドアを通りエントランスでアポイントの旨を伝える。

ここは日本サラダチェーンの最大手「緑黄色会社 グリーンイエロー」の本社ビル。低価格高品質を武器に近頃ではアジア進出を成功させ波に乗る大企業だ。

「あっ、ネコノメさんお待たせして申し訳ございません!私、サラダ事業部開発課課長のクルトン矢田と申します!本日は宜しくお願い致します!」

しきりにヘコヘコ頭を下げる男が張り付いたような笑顔で近付いてきて名刺を差し出す。こけた頬と薄い頭皮を見て、あぁ中間管理職ってのは大変なんだと男は思う。

「どうも、ネコノメです。よろしくお願いします」

起伏のない声で答えたあとにネコノメも名刺を出す。

名刺には「サラダ判別師 ネコノメ」と書いてある。

その料理がサラダであるかどうか判別するのがネコノメの仕事だ。
食の多様性が加速し、もはや飽和状態とも言える昨今において、食の定義が曖昧化してきた。そんな状況に危機感を抱いた「世界調理技術連盟」が2050年に各国に提言し、やがて国際資格として認められたのが「料理判別師」

そこから更に細分化が進み、今では「カレー判別師」「ラーメン判別師」などその料理ごとの判別師が存在している。
ネコノメはサラダに特化した「サラダ判別師」

国際資格である判別師になるためには、調理理論から衛生法規、歴史や栄養面など幅広い知識が必要となる筆記試験を突破したあと、味覚の審査や調理技術を必要する実技試験を合格する必要があり、合格率は1%に満たない。

その引き換えに社会的信用度は高く、この資格を持っていれば一生仕事には困らないと言われている。
今や小学生の憧れの職業ランキングにおいて、YouTuberに次いで2位を獲得するほどだ。

そんな判別師から認定を貰えば当然商品の売り上げは上がる。ミシュランで星を獲るようなものだと思ってもらえば分かりやすいだろう。
今や全国の専門店や企業が判別師から認定を貰うため商品開発に力を入れている。

今回ネコノメが呼ばれたのもそのためだ。

矢田からビルの最上階にある会議室に通される。
そこには3人の男女。
ネコノメが会議室に入ると男が1人、女が1人立ち上がり挨拶をする。
男がサラダ事業部部長のキューピー吉野。端正な顔立ちでスーツもよく着こなしている。見るからに出来る男といった感じだ。
女が商品開発のリーダーを務めるピエトロ前田と名乗った。化粧っ気の薄い顔でネコノメを訝しげな目で見ている。

最後に会議室の1番奥、椅子に深く腰掛けたままの男が

「社長の畑 耕作です!本日はご足労をおかけして申し訳ないね!お手柔らかに頼みますよぉ〜」
と名乗る。

見た目からして60代。大きく出た腹によく日焼けした肌。やや付け過ぎの整髪料でキッチリ髪を七三分けにしている様をみて、オールドファッションな社長だなとネコノメは思う。

「サラダ判別師のネコノメです。本日はよろしくお願いします」

矢田のときと同じく簡素な挨拶をして、指定された席につく。

席には新商品の「スイートポテトサラダ」が置いてある。

社長の畑、課長の矢田、部長の吉野は笑顔でこちらを向いているが、開発リーダーの前田だけは睨むような、祈るような目でネコノメを見ている。

時間をかけて作った商品をこれから無慈悲に○か✕かで判断させる。もし✕がつけば、自分が全否定されたのと同義なのだ。新商品に1番深く携わってきた前田にとって、今は判決を受ける前の被告人のような気持ちだ。

「このスイートポテトサラダはまさに社運をかけた新商品でして、使っている素材にもこだわっております!芋は鹿児島県産の安納芋!地元の農家さんと直接契約を交わし常に高品質なものを…」

畑が鼻息荒く商品の説明をするが、ネコノメはそんなことは耳に入っていないようにスイートポテトサラダを見つめている。

スプーンを動かしたかと思えば、一口分すくいそれをずっと眺めている。

前田は神にでも祈るように両手を顔の前で組みながら、目を閉じ俯いている。

ネコノメがスプーンを口に運ぶまで、時間にしたら20秒もなかっただろう。しかし会議室にいる彼ら(正確には畑を除く)には永遠とも言える時間だった。

異様な雰囲気の圧迫感と緊張で前田は息をすることさえ忘れていたらしい。俯いていた顔を上げ、大きく息を吸うのと同時にネコノメがスプーンを口に運んだ。

「うまピヨだ」

ネコノメが一言呟く。

前田は安堵感から腰が抜けそうになったが、それをギリギリ堪えた。周りを見ると矢田も前田も大きく息を吐いて安堵の表情を浮かべている。

畑はといえば椅子から立ち上がり

「そうでしょう!!!これは我が社の社運をかけた商品でして!!!!素材は鹿児島県産の安納芋から北海道産のバターと生クリームを…」

と先ほどと同じ説明を先ほどの10倍の熱量で語っている。

「ではネコノメさん!認定書にサインをお願いします!」

ネコノメのカバンに入っている認定書に双方のサインをすればそれで認定完了だ。畑は高揚した顔ですでにハンコを準備しているがネコノメはいっこうにカバンに手を伸ばさない。

「認定書をお出しすることはできません」

「これはサラダではない」

ネコノメが何を言っているのかわからないといった表情で固まっている4人を尻目に

「では、お話は以上です。失礼します」

と申し訳程度の会釈をしてネコノメは席を立った。

「おい若造!!ふざけるな!!!これがサラダではないだと!!!我が社の社運をかけた商品なんだぞ!!!いったいどこがサラダではないというんだ!!」

激昂する畑を一瞥し、小さくため息をついてネコノメが言う

「俺はサラダが大の苦手でね、一口も食べられないんだ。これが本当にサラダだと言うなら、今頃ここは俺の吐瀉物の海になっているだろうよ。つまり、」

「俺が食べられるからサラダではない」

ネコノメの無慈悲とも言える一言が会議室の空気を一瞬で凍らせた。

サラダ界の大家に生まれたネコノメは幼年期より父であるサラダニハ・ゴマダーレからサラダの英才教育を受け育った。

しかしネコノメは野菜が一切食べられなかった。野菜の青臭さ、土臭さを嗅ぐたびに吐き気に襲われる。

そんなネコノメに家庭内での居場所はなかった。次第に心は荒み非行に走るようになる。

15歳の時、マクドナルドで「ハンバーガーのレタス・ピクルス抜き」を頼んだところを巡回中の警察官に見つかり少年院に入った。その間家族からの面会は一度もなく、唯一届いた父親からの手紙には

「オメェの席ねぇから!」と言う一文のみが記されていた。

少年院を出てからも更生の兆しはなく、悪い連中とつるみ夜な夜なケチャップを町中にばら撒いた。トマトは嫌いだがケチャップは好きだという思いが彼らをそんな奇行に走らせた。

非行はエスカレートし、一年後には

「牛は草を食ってるから牛肉は実質野菜連盟」という半グレ組織を立ち上げ東久留米市を恐怖のどん底に陥れた。

そんな荒くれた生活からネコノメを救ったのは、通りすがりのおでん屋の店主だった。

「いいか坊主。オメェくらいの年頃はいろんな色に染まりやすい。悪い仲間とつるんでいればオメェも悪い色に染まっちまう。大根がおでんの出汁に染まっちまうみたいにな。なぁ坊主、オメェはほんとはこの大根のように真っ白な心を持ってるはずさ。俺にはそれが分かる。大丈夫、今からでもやり直せるさ。大根食って元気出せよ。これは俺からのサービスさ」

「う、うめぇよオッチャン…でもこれは大根が美味しいというよりおでんの出汁が美味しいのであって、これを食っても『野菜って案外美味しいんだな。よし、他の野菜も食ってみよう』とかそんな風には一切思わんっちゃんね。そもそも俺野菜が苦手っていったのになんで大根勧めてくると?いやまぁ結果美味かったけんよかったけど、餅巾着とか煮卵あたり勧めてくるのが普通やない?あとさっきの悪い色に染まる〜大根が〜みたいな話、あれどういうこと?なんか上手いことおでんに例えてやろうって気持ちがスケスケで若干萎えたわ。話の中身がスカスカなんよね、そう、まるでちくわぶのように軽くてスカスカなんよ笑

いや〜逆にすっきりしたわ。おっし!俺サラダ判別師になるわ。サラダが食べれないことを逆に活かしてやるわ。よ〜し頑張るぞ〜!オッチャンごちそうさま!」

憑物が取れた表情でおでん屋を後にするネコノメ。そこにはもう牛肉は野菜とのたまう彼はいない。

自分の進むべき道を見つけたネコノメの後ろ姿に少し寂しさを感じながらおでん屋の店主は思った。

「急にめっちゃ喋るやん」

そこからのネコノメの努力は凄まじかった。1日2時間の猛勉強の末に「東京野菜モグモグ大学」に合格。2留して大学院に進学。

大学院ではサツマイモやジャガイモは”野菜”ではなく”芋”だという今までの常識を覆す論文を発表し注目を集めた。そこには皮肉にも幼少期に受けたゴマダーレからの英才教育が活かされていた。

そこから物凄くなんやかんやあってサラダ判別師となる。

その、すごく、なんやかんやあったんだ。

サラダを食べられない判別師。もちろん業界からは異端児扱いされ、ついた通り名は「不食のネコノメ」

後に「無職のネコノメ」と呼ばれることをまだ誰も知らない。

「待ちなさいよ!」

会議室を出て廊下を歩いてたネコノメを前田が呼び止める。

「俺が食べられるからサラダじゃないなんてふざけないでよ!私がどんな思いで作ったと思ってるの!」

声を荒げる前田の目は真っ赤に腫れていた。その目を見ながらネコノメはゆっくりと告げる。

「何を言われても結果は変わらない。君がどれだけの思いを込めて作ろうがそんなのは関係ない。もう一度言おう、あれはサラダではない。ただのスイートポテトだ」

膝から崩れ落ちる前田。その衝撃で両膝十字靭帯を断裂。全治3ヶ月だ。

「いっっっったぁ…!!!!あの、ネコノメさん、ちょっ、救急車呼んで…」

ネコノメは立ち止まり、前田を振り返る

「そうだ前田さんって言ったか。あんたに1つ言い忘れてたことがあった。あの商品サラダとは認められないが、スイートポテトとしてはなかなかのもんだったよ。今度知り合いのスイートポテト判別師を紹介するからそいつに食べてもらいな。

あと、ごちそうさまでした」

最後に優しい笑顔を見せてネコノメは去っていく。

その姿は何者にも囚われない雲のようであり、常に形を変えながら大海原へと歩みを止めない水のようでもあった。

そんな後ろ姿を見て前田は思う。

「いや、救急車呼べよ…」

その後、新商品はスイートポテト判別師か認定をもらい大ヒット。緑黄色会社グリーンイエローの看板商品となる。

前田は自分と同じように十字靭帯断裂に苦しむ人を救いたいという思いから、医学の道を志す。1日28時間の猛勉強の末「熊本オペオペ医科大学」への合格を果たす。

在学中に発表した「十字靭帯を二十字靭帯にすれば強度は5倍理論」が医学会に衝撃と困惑を与え、それを足掛かりに十字靭帯界のトップにのし上がっていく。

ただ、それはまだ先のお話_____

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