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AIによる仕事の変化は、IT普及期より産業革命期に似ている?

6月14日の日経新聞で、「AIは仕事をどう変えるか」というタイトルの記事が掲載されました。AIが仕事のあり様を変える、AIで仕事がなくなるなど、AIが私たちの仕事に与える影響についていろいろと言われていますが、そのことについて示唆的な内容の記事だと思います。

同記事の一部を抜粋してみます。

人工知能(AI)の進歩は、仕事にどのような影響を与えるだろう? コンピューターやインターネットといったIT(情報技術)が、人類の仕事に与えた影響を更に加速させる、というのが自然な発想であろうか。

しかし、最近発表された一連の研究成果は、正反対の影響となる可能性を示唆している。この話をする前に、まずはITの影響について簡単に振り返ろう。

この50年ほどの間、人類の技術発展の中心であったITは「スキル偏重型の技術変化」だったというのが労働経済学の整理だ。ITはスキルの高い人の生産性を大幅に高める一方で、低い人の生産性はそこまでは高めないという意味だ。それゆえ、この半世紀にわたって先進国で所得格差が拡大した要因の一つだとも考えられている。

一方、この1年半ほどの間に発表されたAIの生産性に関する研究成果は、それとは反対のことを示している。コールセンターやプログラマー、タクシー乗務員、戦略コンサルタントといった様々な職種で、AIはスキルの低い人の生産性を大幅に上昇させる一方、高い人の生産性はそれほど上昇させないことが示されている。ITの「スキル偏重型の技術変化」とは正反対の結果だ。むしろ、産業革命期に綿織機が及ぼした影響に似ているのかもしれない。

もちろん、これらの研究は特定の文脈、しかも生産性の計測が容易な個人単位の業務データを用いたものが中心である点には注意が必要だ。しかし、この一貫した研究成果から、AIが個人や企業に与える影響も見えてくる。

個人にとって大事なのは、どのようなスキルの重要性が上昇するかという点だろう。例えば、タクシー乗務員の仕事は運転・接客・需要予測などいくつかのタスクで構成されるが、タスクごとに必要なスキルは異なる。需要予測をAIが代替するのであれば、タクシー乗務員に重要になるのは接客のスキルかもしれない。AIが契約書をチェックし、画像診断をするのであれば、弁護士や医師も同様かもしれない。

企業にとっては、AIの導入で生産性が上がるだけではない。働く人のスキルレベルによる生産性の差が縮まり、より平均的になること、そして特定の技能がAIで置き換わることが重要だ。その結果、AIへの投資と人的資源管理が切り離せないものになるだろう。

社会へのインパクトはどうだろう。現在は医療をはじめ高い専門的スキルを持つ一部の人が、極めて高い所得を得ている。これらのスキルにAIが幅広く利用される社会になることで、失われたミドルクラスが復活するという議論も出てきている。専門性の壁が下がれば、新たな挑戦も生まれやすくなる。

AIについてはその脅威をあおる論も多い。しかし、その発展に応じて倫理面・技術面でのルールを整えながら、より豊かな社会を築く技術として向き合っていきたい。

AIはITと正反対に、スキルの低い人の生産性を大幅に上昇させ、高い人の生産性はそれほど上昇させない。産業革命期の綿織機が、綿織という作業工程の苦手な人に対して、同工程が得意な人と同等な作業レベルまで引き上げてくれることと、同じイメージというわけです。とても分かりやすいたとえだと思います。

さらには、綿織という作業スキルはもはや強みにもならなくなり、人が積極的に担うべき業務にもならなくなった。人が担うべき主戦場は、綿織という作業を含めた製造工程を管理するという業務や、製造工程で作りこむべきなのはどんな製品なのかを定義するマーケティングの業務などに移っていった、ということでしょう。同記事のタクシーの例は、そのことを彷彿させます。

同日付の別記事「中小融資、担保は企業価値 新法成立、メガバンクが活用へ準備」も、このことに関連付けて考えることのできる内容だと感じます。一部抜粋してみます。

7日に成立した「事業性融資推進法」は担保の登記システム更改などを経て2年半以内に施行される。最大のポイントは、企業の持つ事業価値全体に担保権を設定できる「企業価値担保権」を新設したことだ。

一般的に銀行が企業に融資する場合、返済されないリスクに備えて担保や保証をとる。経営者個人の資産が対象の経営者保証を利用したり、企業が持つ不動産を担保にしたりすることが多い。在庫や売掛債権など「動産担保」と呼ぶものもある。

これらは企業が傾いたときに企業活動に欠かせないオフィスや生産設備を失いかねず、企業再生の足を引っ張る要因になっていた。スタートアップなど新興企業は担保として差し出せる手持ちの資産が少なく、融資を受けにくい課題があった。

企業価値を担保にできるようになれば、資産を持たなくても成長が見込める事業モデルなどに融資しやすくなる。ただ担保は本来、融資先企業が立ちゆかなくなった際に債権を保全するためのものだ。企業の業績と直接連動しない不動産や経営者自身の財産であれば、価値が大きく目減りしない。

一方、企業価値は事業環境が悪くなれば減少、消失するリスクがある。そのため債権者である銀行が、中小企業などに日頃から目を配り、事業が傾き始めたら早期に経営支援や再建に取り組む意識が高まりやすい。

金融庁の有識者会議の委員を務めた長島・大野・常松法律事務所の井上聡弁護士は「銀行など担保権者も融資先を支えようとするインセンティブが生まれるという点で画期的だ」と評価する。

みずほフィナンシャルグループは部門ごとにどのような活用が可能かアイデア会議を開いた。受託者が担保権の管理や保全を行う担保権信託など、類似の手法をみずほ信託銀行が手がけている。

導入には目利き力を高められるかという課題もある。「うちの行員が対応できるか未知数だ。まずはメガの動きをウオッチする」。ある地方銀行の頭取はこう話す。

地銀の多くが融資する際に使うのは、企業の貸借対照表や損益計算書、調査会社の評価を機械処理にかけ、評点を出して債務者区分する方法だ。企業価値担保権が導入されれば企業のノウハウや技術力、将来性など財務諸表に表れない価値を行員が評価する必要がある。

「先日、ようやく経営者保証を条件から外すことができた。ほっとしている」と、ある経営者様が話していたのを覚えています。経営者保証が、経営者にとって負担が大きいものになっていることを表していると思います。

経営者個人が既に持っている資産を担保にする手法は、資産を持っていないが優れた事業プランやイノベーションの萌芽を予見させる技術を持っている企業に対する融資には対応できない側面があります。こうした企業に対しては、経営者保証だけではなく、それ以外の要素で担保価値を見出し、そのリスクを適正に評価したうえで融資ができるとよいという総論に、反対はあまりないと思います。

そのうえで、じゃあどうやって対象企業の担保価値やリスクを評価するのかというと簡単ではないとも言えます。その結果、上記記事の指摘するように、従来型の評価方法が依然として使われ続けるにとどまってきたというわけです。

しかしながら、冒頭の記事の例と重ね合わせて考えてみると、これからの金融機関の役割のひとつについて例えば次のように考えられるのかもしれません。

・不動産の価値、在庫や売掛債権の価値、それらに基づく不動産担保や動産担保の査定などは、AIが瞬時に正確に行えるようになり、AIに置き換わっていく

・人の担うべき主戦場は、候補先企業の事業の成長性を見極める目利き力、企業の技術力や成長性、経営陣などから適切な企業価値担保権を設定できる能力に移り変わっていく

AIに任せるべきはAIに任せるための投資を行う。一方で、人が担うべきはどんなことなのかの定義とそれに必要な能力開発、業務に対する人の最適配置を変えていく。私たちの仕事領域で、取り組んでいきたい視点だと思います。

<まとめ>
AIの登場による人の主戦場の変化は、産業革命期の綿織機の登場に似たものになるかも。

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