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内発的動機付けが外発的動機づけに変わる時(2)

前回の投稿では、「過剰正当化仮説」をテーマにしました。「過剰正当化仮説」とは、行為そのものが面白くて内発的に動機づけられていたのに、報酬をもらえるようになると、そのために行為をする、つまり行為の目的が外発的な動機づけに切り替わってしまうことでした。

2月17日の日経新聞で、「賃上げへの課題(中) 要請、生産性波及には限界も」というタイトルの記事が掲載されました。同記事を一部抜粋してみます。

~~企業がどのような理論により賃金を決定しているのかについて、米経済学者トルーマン・ビューリー氏の99年の研究に基づき検討してみよう。同氏は92~93年の不況直後の米国で、企業内の様々なポジションの人にインタビューした。

労働者の生産性やモラルは賃金水準が上昇しても上がらない一方、賃金削減や不当と思えるような微小な昇給の場合、労働者の生産性はネガティブな影響を受けることを明らかにした。賃金上昇でさえ労働者の生産性やモラルを上げない理由は、労働者が昇給にすぐに慣れ、高い賃金を受け取る権利があると感じ出す傾向の存在を指摘している。企業への返礼として追加的な努力をすることなどは実際には起きにくいという。

この説に基づくと今回の賃上げ要請に効果はあるだろうか。政府から企業に賃金上昇を要請した場合、企業独自の判断で賃上げをした場合に比べ、労働者は「高い賃金を受け取る権利がある」と感じやすいと考えられる。このため労働者からの「返礼」は生じにくいことが予測される。~~

ハーズバーグの二要因理論というものがあります。仕事においてどんなことが満足する要因となり、逆に不満足となる要因であるのかを明確にした理論です。動機づけ要因は、「あればあるほど仕事に前向きになる」要素です。仕事の面白さ、達成感、自己成長実感などがそれに当たります。

一方で、衛生要因とは、「整備されていないと社員が不満を感じる」ものの「整備されていても満足につながるわけでない」要素です。金銭的報酬は、休日確保などと共にこの衛生要因のほうに分類されます。つまりは、金銭的報酬で動機づけするのは限界があると言うことです。

私は仕事の関係で、時々「モチベーションを高める賃金制度を設計したい」というご相談を受けることがあります。そのような場合には、「賃金制度の設計でモチベーションを直接高めることは基本的にできないだろう」とお答えしています。

上記衛生要因の考え方も参考にすると、賃金制度でできることは基本的に「不満と不安の解消」でしょう。不満の解消とは、「外部公平性と内部公平性の確保」と言い換えることもできます。外部公平性の確保とは、外部の雇用市場と比べたときに「納得できる賃金をもらえている」と実感できることです。

例えば、同業他社の社員が自分と同様と思われる仕事内容で、平均どころ33万円の月給をもらっていたとします(金額は適当)。そして、自分の月給は28万円だとすると、「自分は不当に扱われている」と思ってしまい、やる気をそがれてしまいます。そうならないように、外部相場と比べた時に納得感を確保する必要があるわけです。これが外部公平性です。

経営コンサルタントとして活躍された一倉定氏は「従業員には同じ地域の同業他社より1割高い給料を払え」という言葉を残しています。これは、外部公平性が満たされたうえで、自社の従業員であることにプライドが保てる十分なレベルだということを意味していると思われます。

しかし、「1割」と言うのは逆に言うと、これを2割・3割・・・と上げていっても、あまり投資効果は期待できないということでしょう。なぜなら、賃金はしょせん衛生要因であり、「あればあるほど仕事に前向きになるわけではない」からです。

賃金を極端に上げることがよくない理由は他にもあります。それは、従業員が自身の市場価値を勘違いしてしまうことです。自分の市場価値より不当に高い賃金を得ることで、社会の営みを誤解したり、転職や再就職を考える際の条件提示に対して不満を持つきっかけになったりすることで、本人にとっても不幸でしょう。この観点からも、必要以上に賃金を釣り上げることはいかがなものか、ということになります。

冒頭の記事からも、賃金を上げることによる、従業員の直接的な生産性向上や会社に対する返礼はあまり期待できないと想定されます。ただし、衛生要因の充足は維持されなければなりません。インフレ等の環境下で各社が賃上げをしている中で自社だけその流れに乗っていない、などだと、不満を生み出すことになるかもしれません。その観点から、賃金水準の変化や各社の動きに敏感になっておくべきだというのは言えると思います。

続きは、次回以降取り上げてみます。

<まとめ>
従業員の金銭的報酬は、持続的な動機づけ要因にはならない一方で、不満を生み出さない設計は必要。


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