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転勤する人にだけ転勤手当を払う(2)

8月22日の日経新聞で、「三菱UFJ信託銀、転居伴う転勤で50万円 人材つなぎ留め」というタイトルの記事が掲載されました。共働き世帯が増えて東京での勤務を希望する社員が増える状況の中で、手当を拡充して転勤する人材をつなぎ留める狙いがあるとしています。

同記事の一部を抜粋してみます。

三菱UFJ信託銀行は10月から、国内で転居を伴う転勤をする社員に50万円を支給する制度を設ける。異動後の賞与の時期に一時金として上乗せする仕組みで、総合職の4500人程度が対象となる。

名称は「転任手当」。会社命令による異動の付日から6カ月以内に支給申請をして承認された場合に支払う。1~6月の申請で12月、7~12月の申請で6月の賞与にそれぞれ反映する。これまで支給してきた赴任支度料は従来通り支給する。

私自身も過去に数回経験したことがありますが、転居を伴う転勤はいろいろな負担がかかるものです。生活環境が変わることで必要となるものを新たに買いそろえるためにお金がかかります。同銀行の赴任支度料がいくらなのかは存じませんが、支給される赴任支度料以上の出費になってしまうのが一般的です。

50万円という規模を追加で支払うのであれば、転居に伴う新たな金銭的出費は概ね吸収することができ、さらにはプラスになるのではないかと想像します。

金銭的出費に加えて、精神的な負担もかかります。転居にかかる時間、衣食住の生活ペースを新たにつくるまでに必要な時間は結構なコストです。ネット環境が発達してきたとはいえ、人間関係なども影響を受けます。50万円という金額が妥当なのかどうかはいろいろな意見があると思いますが、これらの目に見えないコストに対する弁済も含まれているお金だと考えることができそうです。

先日、従来は全国転勤の可能性がある社員に対して一律で月額数万円の手当を支給していた制度から、実際に転勤した場合のみの支給に変えたみずほフィナンシャルグループの例を取り上げました。みずほFGの例は月例給与に組み込むことでの継続的な支給、三菱UFJ信託銀行の例は一時金として1回限りの支給という、支給形態の違いがありそうです。

一時金の場合は、「過去の出来事に対する精算」という趣旨になります。賞与なら当該期間に達成した業績に対する分配ですし、永年勤続報奨金なら何年間か勤続してくれたことに対するお礼の支給で、配ったらリセットされます。

これに対して、月例給与は、「将来の組織貢献への期待値の大きさに対する投資」です。ある従業員が能力開発や実績づくりをし、来年は今年よりさらに大きく貢献してくれるだろうという期待値が上がれば、支給額が増えます。

転勤に応じて組織貢献し、その経験を生かして今後さらに会社に貢献してくれる期待値が上がったとみてその分給与を上乗せ支給するのか、それとも転勤でかかった負担を精算するために支給するのか。考え方はどちらもありだと思います。どちらの考え方を軸にするかで、支給形態が変わると考えることができそうです。

同記事からも改めて感じられるのは、特定個人が引き受けた明らかな負担に対して、金銭的報酬という具体的な形でこたえることの大切さです。

仕事の満足や不満を考える上で、「動機づけ要因」と「衛生要因」からなる「二要因理論」(ハーズバーグ)が参考になります。動機付け要因とは、なくてもただちに不満にはならないものの、あればあるだけ仕事に対して前向きになれて満足度が高まるものです。衛生要因とは、整備されていても満足につながるわけではないものの、整備されていないと不満につながるものです。

従来の日本企業では、転勤を「動機づけ要因と結びつけて語って終わり」というマネジメントもよく見られました。「その経験があなたの仕事人生で今後役に立つ」「転勤によって社内でのランクが上がっていく」などとし、だからよろしくというわけです。

しかしながら、子育てや介護などの関係で、転勤しづらい環境の変化が進んでいるのは周知のとおりです。住む場所にこだわる価値観の持ち主も増えてきました。加えて、かつてのような会社の長期雇用が永続的に期待できる経済環境ではなく、「転勤辞令についていけばキャリアは安心」と感じる人は少なくなっています。受ける側からは、かつての環境以上に「それはけっこうなことだが、今発生する負担を保障してくれ」と言いたくなっているわけです。

「魅力的な仕事」や「成長の機会」といった「動機づけ要因」は、「賃金」「同僚や上司との関係」「休日」など本人にとって働く上で最低限満たされていなければならないとされる「衛生要因」とのバランスがあってはじめて有効となるものです。転勤にかかる負担を「動機づけ要因」だけで語れば済ませられる環境ではなくなってきたのだと考えます。「衛生要因」での配慮も相応に具体化する必要があるということです。

何に対してどれだけ支払うべきかの視点は、いわゆる「ジョブ型」の採用などが論点になる今後の人材マネジメントにおいては、ますます重要な視点になるものと思います。

<まとめ>
特定個人が引き受ける大きな負担には、衛生要因が満たされているかを考える。


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