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手当削減の事例

6月5日の日経新聞で、「正職員の手当削減「合法」 地裁判決、非正規と待遇格差解消で」というタイトルの記事が掲載されました。多様な人材活躍、同一労働同一賃金の動きなどがある中で、正社員の手当削減の事例を取り上げた内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

正職員の手当を削って非正規職員と同一労働同一賃金化を図る手法は違法だとして、済生会山口総合病院(山口市)の正職員9人が手当減額分の支払いを求めていた訴訟で、山口地裁は5月24日、請求棄却の判決を出した。正規職員の待遇を引き下げることで正規・非正規間の格差を解消する手法を容認する初の司法判断とみられる。正社員の手当削減の動きが、他の企業にも広がる可能性もある。

裁判で争われたのは、同病院による2020年10月の就業規則の変更だ。従来は正職員だけに出していた扶養手当や住宅手当を、全職員向けの子ども手当と住宅補助手当などに改めた。この変更に「合理性」が認められるかどうかが問題になった。労働契約法10条は、合理性があれば、労働者に不利な一方的な就業規則の変更を例外的に許すという内容を定めている。

山口総合病院の場合、就業規則の変更で正職員196人の手当が減り、非正規職員25人らは増額になった。原告の9人は、月540~3000円の減収だ。

病院側の宮崎秀典弁護士は「パート・有期雇用労働法8条で正規・非正規間の不合理な待遇差が禁止された。これを契機に時代に合わない手当を組み替えたもので合理性はある」と主張。一方、原告側の横山詩土弁護士は「病院は黒字。同一賃金は正職員の手当を非正規に払って実現すべきだ。変更は人件費削減が目的で合理性はない」とした。

労働契約法10条では、合理性を判定する際の着眼点も明文化されている。(1)就業規則変更で受ける不利益の程度、(2)労働条件変更の必要性、(3)変更後の就業規則の相当性、(4)労働組合等との交渉状況、(5)その他の事情――の5つだ。

判決はこのうち(2)の変更の必要性について踏み込んで判断した。「パートタイム・有期法8条を契機に正職員のみに手当を支給し続けるか検討することは法の趣旨に添う」と指摘。まず変更の必要性を認めた。

その上で新病棟の建設負担で経営が「右肩下がり」と指摘。「人件費増加抑制に配慮しつつ手当の組み替えを検討する必要があった」と正職員の手当削減を肯定した。全職員の年間総賃金も制度変更の前後で比べ「総賃金原資は0.2%減で職員全体の不利益は小さい」と請求を退けた。原告側は控訴を決めた。

労働法制に詳しい沼田雅之・法政大学教授は「パート・有期法8条の趣旨を意識しながら労働契約法10条の不利益変更の合理性に踏み込んだ他にない判決だ」と指摘。一方で「正社員の手当削減すべてに合理性が認められるわけではない。単に正社員の手当を廃止したり、完全に非正規社員の水準に合わせたりする方法に今回の判断が当てはまるわけではない」とした。

「賃金ルールの変更を検討しているのだが、従業員に不利益な内容の変更はできないのか」。普段仕事をしている中で、頻繁に聞くことのある問いかけです。

基本的な前提として、契約は双方の同意に基づいて成立するものだと考えられます。過去の処遇より低い内容で新たに契約を結ぶとして、双方が自由意志で同意し書面で同意した旨も残すものであれば、それを止める理由もないということになります(就業規則や賃金制度のルールから外れた内容を恣意的に適用するなどは問題になりかねませんが)。プロスポーツ選手が年俸ダウンで契約するなどは日常的です。

また、上記記事の説明からも、従業員側で同意しない=納得しない者がいたとしても、変更内容に合理性があり、かつ所定の手続きを踏めば(労働者代表の意見を聞くなど含む)、就業規則やそれに紐づく賃金制度の改定が認められるというわけです。

ただ、この合理性は、既得権となっている処遇を引き下げるような内容で認められることにはハードルがあります。使用者側(企業)が、やりたい放題や労働搾取にならないようにしているためでしょう。それゆえ、「不利益変更はどのような状況下でも一切できないのではないか」という、少し偏った認知として広がりやすかったとも言えます。

同記事では、既得権となっている待遇を引き下げることで正規・非正規間の格差を解消する手法を容認する司法判断としては初めて、とあります。これは、不利益変更に関する従来の流れから、記事中の(1)~(5)の合理性を是々非々で判断し合理性が認められれば可とするという、新しい流れに変わる転機の事例になるかもしれません。記事中の通り、すべてのやり方に当てはまるわけではないという専門家の指摘もありますが、今回の判決で、正社員の手当削減の方向を後押しする可能性もあると考えられます。

上記の合理性に関連し、2つのことを考えてみます。ひとつは、支給項目の妥当性です。

扶養手当は、典型的には専業主婦・夫と子ども(会社の制度内容によっては他の親族も対象)がいる場合に、一定の手当を支給するものです。専業主婦・夫に対する補助は、「夫が会社員、妻が専業主婦」がモデル的だった昭和時代に、妻を含めた家族を養う必要がある人は、そうでない人より負担が大きいことを考慮して、その負担減のために各社で導入された制度と想定されます。

専業主婦・夫がいるかいないかが仕事の成果に関係あるかというと、関係ありません。加えて、かつては子育てを主に担う主婦・夫は仕事探しが困難でしたが、今は働き方の選択肢も多様な環境です。とはいえ、依然として子育てと仕事の両立には一定のハードルがある現状もあるため、補助を出すことの是非がどうなのかの決まった正解はありませんが、昭和時代に比べて手当の必要性が下がっているというのは確かだと言えます。

子どもに手当を支払うことも、仕事の成果に関係のない要素だから必要ないという考え方もできます。一方で、子育てが一定の社会貢献になるわけなので、会社としてそれを応援するという考えも成り立ちます。これも、決まった正解はありません。

住宅手当についても同様です。かつては会社の辞令でどこへでも転勤するのが当たり前でした。それに沿って会社の勤務地近辺で居住することが強要されていた環境下で、生活費の中で存在感の大きい住宅への支出は会社が一部肩代わりしようという趣旨だったと想定されます。

今では、テレワークや居住地自由にしている職場もあります。そうした職場で住宅への補助が必要なのかは、議論となるところです。また、そもそも自社に勤めていようといまいと、私たちはなんらかの家に住んでいます。この点が、自社への通勤を命じるために発生する通勤費への補助(これも法定外ですが)などとは、性格の違うものだと言えます。

これらの是非を最終的にどう考えるかは、会社の人事ポリシーによるところです。いずれにしても、特定の雇用形態だけ(例:正社員だけ)に手当を支給するのは、多くの手当項目で合理性がないだろうという点は、おさえておく必要があると言えます。

もうひとつは、人件費削減の合理性です。

上記判例においても、人件費削減を伴う支給ルール改定が必ずしもNGだと言っていないことが分かります。「総賃金原資は0.2%減で職員全体の不利益は小さい」としており、不利益の程度が合理性の判断に影響を与えるとも読めます。

企業がつぶれて従業員が一斉に職を失うより、人件費を抑制することで職が維持されるのであれば、後者のほうが合理性があります。制度改定にあたっては、この視点も取り入れておくべきです。

とはいえ、今後もなんら経営改善の取り組みを想定せず、経費を切り下げながら市場の衰退をただ待つだけが前提となっているゾンビ企業だとすれば、不利益変更の合理性があるとは言えないと思います。

従業員側も、処遇の変更内容が気に入らなければ、そこから退出して別の仕事環境を探すというカード(一昔前に比べて豊富になった)を見つけることができます。従業員に見切りをつけられず、見込まれ続ける処遇内容でないと組織として持たないという大前提がありますので、落としどころをいかに見出すかが大切になります。

<まとめ>
賃金支給項目の合理性について、社会環境・自社のポリシーから、妥当性を振り返ってみる。

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