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熊本へ行った話 -2-


予約が取れなかった丸見えのトーク会場で、坂口恭平さんと、対談相手の千葉雄也さんが演奏していた。坂口さんはサックスを吹き、千葉さんはピアノを弾いている。リハーサルをしているようだった。不意打ちでご本人を見つけてしまった私は硬直してしまい、リハーサルを終えてこちらへ向かってくる状況にさらにテンパる。道を開けなければ!道を開けなければ!と心の中で叫びながらも、体は完全に動かない。こんにちは〜と挨拶する友人の横で、私はただ黙って立ちすくむ。通り過ぎざまに挨拶を返しながら立ち去っていく坂口さん。自分挨拶しろよおおお!とまた心の中で叫んだ。

完全に変な人になっている。無理だ。私は一旦カフェへ行って、心を落ち着かせることにした。美術館を出る前に、トークショーのキャンセルって出てないですかね〜と、スタッフにもう何度目か分からない確認をする友人。すると最後の最後で、会場はオープンのままだから後ろで立ち見ができるということが分かった。何度も聞いたもん勝ちだった。カフェへ行くのをやめて、トークショーが始まるまでお土産屋さんで時間を潰すことにする。そのお土産屋さんの隣にもカフェがあり、テンパりを落ち着かせたい私はコーヒーを飲もうと近づいた。近づいたら、坂口さんと千葉さんが座っていた。

すすすすすすす座っている!!!

本番前にカフェで普通に座っている!いや、それは私もライブ前にやる。とノリツッコミしながらカフェから逃げる。隣の席に座ろう!と友人は言い出す。無理無理無理!と止める私。じゃあコーヒーは飲みたいから遠目に座ろうと言われ、視界に入るか入らないかのギリギリの席で、私は硬直しながらコーヒーを飲んだ。心を落ち着かせるどころか、これではコーヒーの味すらも分からない。するとグッズのTシャツを持って、坂口さんに話しかける人が現れた。どうやらサインを書いてもらっているようだった。え、サインもらえるの?それを見て当然サインをもらいに行こうと言う友人。でもとっくにキャパオーバーになってしまっている私が、そんなことをするのは不可能に近かった。行きたいし行けないし行きたくないしみたいな、もう自分でもよく分からない感情になっている。しかし、完全に硬直してしまった私を置いて、友人は隣のお土産屋さんで坂口さんの画集を2冊買い、ズカズカと話しかけに向かってしまった。ヤバイ!話しかけてしまう!やめろおおお!と思いながらも、止めたくない自分もいる。そしてその時はついに来てしまった。

あの子緊張しちゃってるみたいで〜、これに愛ちゃんってサインもらえませんか?と話しかける友人。余計な説明もしている。私はその光景を直視できず、俯いたまま声だけを聞く。そのままサインをもらって戻ってくると思いきや突然、愛ちゃん緊張しなくていいよ!と坂口さんに大きな声で呼ばれたのだ。名前呼ばれたアーーー!これはもう行くしかない。心を無にしてなんとか席から立ち上がり、坂口さんの元へと向かう。画集にはサインと、自分の名前が書かれていた。感謝だけは伝えなければ…。緊張している脳みそを切り離し、必死に口を動かして、躁鬱大学を読んで心を救われたことを伝えた。すると、坂口さんは躁鬱についての話を色々としてくださったのだ。その時間が実際何分だったのかは分からないけれど、自分にとってはとても長い時間に感じた。躁鬱はコントロールすることができる。それをご本人に言ってもらえただけでも安心した。

トークショーは、作って生きていくことついて話している。大事な話しかしていないから、クリエイターとして悩んでいる人にはぜひ見てもらいたい。

トークショーを見終わった後、再び展示室へ行き、今度はじっくりゆっくり鑑賞した。私の中では、もうすでに何かが変わり始めている。いや、熊本へ行くと決めた時点で変わり始めていたのかもしれない。650点の作品を見ていると、坂口さんの生き方を見ていると、何かを作ることでしか生きていけない自分の存在も認めてもらっているような感覚になる。色んなことを感じ取って影響を受けてしまいやすい自分が辛く、一時はシャットアウトしようとしていたけれど、それを抑えるのではなく、生き方として出していけばいいのだと体現してくれている存在が坂口さんなのだ。やはりこの世界で、作品を作り続けていくのは難しい。だからその道標を見つけられた自分は、とてもラッキーだと思っている。私も家に帰ったらまた作品を作ろう。消えかけていた作りたい気持ちに、また明かりが灯り始めた。

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