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小説:ダンスレター 【2000字ジャスト】

いつもと違うエナジードリンクを買ったら苦手な味だったので海に行くことにした。
このまま学校に行ったっていいことがないような気がしたからだ。
がんばってできるだけ飲んだけれど、どうしても全部は飲み切れなかった。
残りは「ごめんやで」と心の中で言いながらコンビニの灰皿に流し込んだ。
自転車にドリンクホルダーがあればなんとか飲み切れたかもしれないのにな、と僕は思った。
しかし、想像の中の缶ジュースはそこらじゅうに飛び散った。
手はべたべたになり、ズボンに染み込み、走りながら拭くものを探して混乱した僕は想像の中の車に轢かれた。
なるほど、普及しないのにはちゃんとわけがあるんだな。

海に来てもやることがないのはわかっていた。
秋の海なんてなにも残されていない。
それにしたってこんなにやることがないものだろうか。
いつもは時間が足りないと思いながら休み時間に必死で見ていたはずの動画も、15分もすると飽きてしまった。
なにもないな、海。
なんでこんなに砂と水ばっかりなんだよ。
なんかもっとあれよ。
Wi-Fiとかあれよ。
僕がもしイケメンだったら、TikTokとか撮るんだろうか。
青春ど真ん中な海を背景にして。
しかし僕はイケメンじゃない。
かといってネタにできるような面白い顔でもない。
ダンスは割とできるほうだとは思うけれど、中途半端すぎて燃える姿が容易に想像できた。

僕が諦めてスニーカーの紐の新しい結び方を研究していると、女の子が海に来るのが見えた。
僕とは違う学校の制服だった。
学校にも行かずになにをしているんだろう。
女の子はしばらくスマホを見た後、ダンスの練習のような動きをはじめた。
海に動画を撮りに来る人ってほんとにいるんだ、と僕は感心した。
それから女の子はスマホを地面に固定しようと苦戦しはじめた。
スピーカーに砂が入りそうだな、と思いながら僕が見ていると、女の子はこちらを見た。
やばい、僕は今めっちゃキモいことをしていたかもしれない。
ちらっと見たどころではなく、凝視してしまっていたことに気付いた。
女の子はこちらに向かって歩いてきた。
なに罪だろう。
通報されたとして、なに罪で身柄を確保されるんだろう。
心の中で土下座をする練習をしていると、女の子は僕に話しかけてきた。
「今、ヒマですか?」と女の子は言った。
ヒマだと罪が重くなるとかあるんだろうか。
なんと答えるのが後の裁判で有利になるんだろう。
「あ、はい!」と、僕は持ち得る限りの全力の爽やかさで返事をした。
暇だったからという身勝手極まりない理由で女子高校生を凝視するという許しがたい行為に及んだ被告人は更生の機会が望めないと判断し依って被告人を苦手エナドリ一気飲みの刑に処しようと僕の中の裁判官がしていたところで女の子は言った。
「お願いあるんだけど。動画撮りたいのにスマホ置くとこなくて」
「あ、そうなんだ」
「ほんとにごめん。持っててほしくて」
「あ、いいよ!ぜんぜん!」
女の子のスマホに僕の指紋がつくのはなに罪なんだろう、と僕は思った。

海を背に踊っている女の子は、最高にかわいかった。
思わず涙ぐんでしまうほどに。
しかし僕は我慢した。
見知らぬ男に泣きながら動画を撮られたら怖すぎるだろうと思った。
女の子は何度か動画を撮りなおした。
そして何度目かの動画をチェックしたあとで、満足げな顔をした。
「ありがとね!」
「いやいや、こちらこそ」と言ったあとで、僕は後悔した。
こちらこそはダメだ、マジでダメだ。
こちらこそはさすがにキモい。
しかし女の子は笑ってくれた。
「こちらこそは笑う」
そのあと、女の子は学校に行ってしまった。

僕はなにか言うべきだったんだろうか。
もしも僕が気の利いた一言でも言えるようなイケメンなら、ひと夏の恋とかはじまってたんだろうか。
今は秋だけれど。
僕は自分にがっかりした。
話しかけてくれた女の子の連絡先も聞けない自分に。
僕はこんなところでなにをしているんだろう。
海はなにもないなんて言ったけれど、僕は海よりなにもない。

あの子の動画が見たいと思ったけれど、どうしても気が向かなかった。
それはなにか違う気がする。
僕は学校に向かった。

まだ昼休みだった教室の戸を開けると同時に、友人に叫んだ。
「ちょい、動画撮って動画」
「うわなに、おかしくなった?」
「それは元から。いや元からじゃねぇよ。ダンスの」
「え、なに?練習してきたの?」
「練習は今から」
「バカじゃん。なんの曲?」
「それも今から探す」
「バカ越えてこわいよもう」
あの子が踊っていた曲を投稿すれば、あの子が見つけるかもしれない。
僕は踊った。
真顔で踊った。
カメラを凝視しながら、ものすごいキレで踊った。

僕が投稿した動画は、それほど再生されなかった。
けど僕はたくさんの人に見てもらいたかったわけじゃない。
あの子だけがいつか見てくれる可能性があればよかった。
「クラスメイトが狂った」というタイトルで友人が投稿した動画のほうはすこしバズった。

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