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寝不足の旅立ち【4月沖縄旅行物語】Vol.1

「ちょっと待って、もう0時回ってるじゃない!ありえないありえない。
 もう、絶対起きられる自信がないわ。あー、それなのに全然眠くない。
 やばいなー。寝られるかなぁ。あーつらい。
 じゃ、朝、ちゃんと起こしてね。おやすみ!あなたも早く寝るのよ。」

一方的にまくし立てて布団に潜り込んだ里央は、すぐに寝息を立て始めた。
寝付きの良さはさすがの一言だ。

23時までメールでやりとりしていた資料を、やっとまとめ始めた隆は時計を見ながら思った。
(今日は寝られないだろうなぁ。やっぱりこうなったか。まぁ、仕方ない。)

滅多に取らない有給休暇を取得したことで、今週中にやらなければならない仕事を全て前倒しして作業を続けて来た。完全に仕上げてから旅行に旅立ちたかったが、関連部署とのやり取りが想像以上に難航した。

4月の上旬。金曜日から2泊3日で沖縄に行く。

予定をしたのは1月。付き合って2年以上経った二人は、未だ本州から出たことがない。
その事実に気づいてしまった里央は、隆に有給休暇の取得をねだった。

二人は割りとアクティブに活動する事もあって関東圏の観光地はそれなりに行きつくしていた。
隆はお互いの関係に一つのテーマを設けていた。
”初めて”をたくさん積み重ねていく。

ハワイやグアムといった王道のリゾートには散々行ってきた隆だったが、
国内の海沿いのリゾートには、かつて行ったことがない。
「沖縄に行きたいの。」

行ったことがない沖縄、何がどこにあるのかもわからないのは不安だが、
それこそがこの二人の関係に刺激を与え続けてくれている。
「よし。いこう。」

隆は次の日には二人分のフライトを確保した。

旅行の差し迫った3月の下旬。
仕事が忙しすぎて、ろくに沖縄の予定を建てようともしない隆に
里央は何度も腹を立ててケンカにもならない言い合いをしたりした。
(俺だって楽しみにしているんだ。休暇中は絶対に仕事したくない。)
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午前3時。
隆はやっと資料をまとめ終わって、提案書を客先にメールで送った。
(ふぅ。これで今から休暇に入れる。)
んーっ・・・。伸びられるだけ伸びてから、力なく脱力した。

(今から寝たら、確実に起きられないだろうなぁ。)
二人は最寄りの駅から始発で羽田空港に向かわなければならなかった。
家から出発する時間は4時半。残り時間はわずか1時間半だ。

ベッドルームを覗くとよだれを垂らして、気持ちよさそうに寝ている里央の寝顔が見える。

残った紅茶をカップに注いでソファに体を沈めた。
平日の深夜。静かだ。里央の寝息がうっすら聞こえる。

出発まで本でも読むか。ゲームでもしてみるか。
どちらも答えはNOだ。
仕事で疲れ果てた頭でそれらの情報を処理することは、余計疲れそうな気がした。

よし、里央もいることだし、自分が起きられなかったとしてもなんとかなるだろう。1時間だけでも寝られればかなり違う。
60分熟睡一本勝負。この勝負、勝たねば飛行機代が当日料金になる。
絶対に勝つ。目覚ましを確認して電気を消して闇の中に意識を沈めた。

・・・ピピピピピピピピピピピピ!
遠くから目覚ましの音が聞こえる。
ん・・・もう時間か。
時計を見る。4時過ぎだ。

よし、起きられた。勝利は我が手に。しかし眠い。
隣を見た。里央は完全に夢の中だ。
一瞬悪魔が頭の中で囁く。
(もう少しだけ寝たいなぁ。あと10分。いや5分は寝られるかな。
 いやいや、それで起きたら昼過ぎとか笑えない。起きなきゃ。)

「ほら、起きて里央、もう出かけるよ!」
「んー、もう朝なの・・・んー、眠いよぉ。」
一足先に起きて家中の電気をつけ、何度目かのスヌーズも鳴りっぱなしにして里央を叩き起こす。5分後。やっと起きてきた。

「・・・おはよーう。隆。起こしてくれてありがとう。ふぁ〜。」

(俺が起きてなかったら本当にやばかったかもしれない。)
予定していた出発時間まであと10分。始発は25分後には駅を出発する。

その電車に乗れなければ羽田空港で無様にも走りたおす羽目になるだろう。
窓の外を見ると、かなり本降りの雨だった。沖縄はきっと晴れてるはず。
天気ばかりは祈るしかない。

「ほら、コンタクト入れて、もういくよ!」
「うん、オッケー、もういけるよ。大丈夫!」

大きめのマスクで顔を隠す。
「お化粧は飛行機でするから大丈夫よ。」目元だけで笑いかけてくる。

「よし、じゃあ出発だ。タクシーをアプリで呼ぼう。駅まで歩かなくていい。」近くを走っているタクシーをアプリでつかまえて家の前で待った。
5分ほどできてくれるらしい。

全国タクシー」アプリ。
本当に便利な世の中になった。
GPSの座標情報を送ればここまでタクシーが来てくれる。
雨はかなり降っていたが、これなら傘を持たなくていい。

タクシーは思っていたより早く到着して、隆と里央をピックアップしてくれた。仮眠しかとっていない隆はすごく眠かったが、飛行機に乗るまでは気を抜けない。里央は天真爛漫で、分刻みの緻密な”始発からの飛行機搭乗作戦”には向かない性格だ。

タクシーは早朝の東京を駆け抜けて行く。
ドキドキとワクワクを乗せて、雨をくぐり抜けて。


多少なりとも、あなたの生活にプラスとなるような情報でしたら嬉しいです。