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「自信過剰のn箇条」第2話

 3人そろって玄関前で待っていると、ガチャリと鍵の開く音が聞こえた。
おそるおそるというように、ゆっくりと開くドア。そのドアにすぐさま手をかけ、力任せに開放し……

「本題に入ろう。常次クン、学校に来たまえ。あ、もてなしは結構。話を聞いたらすぐに帰——」と言いながらズカズカ入っていったのは、言うまでもなく渦潮(かじお)だった。

「ちょ、ちょっと待ってクレマチス!」
 まるで自分の家のようにリビングのソファにどっぷり座った渦潮は、しっかり脚を組んで返答する。
「言っておくが、ボクが納得するまでは帰らない。さあ、座りなさい」

 倉井くんは助けを求めるように俺たちを見るが、俺も赤星さんも首を横に振った。
「悪いけど、こいつマジだから」
「ちょっとお話するだけだから」
「むう……その前に、ちょっと確認したいことがあるでし。そなたは同じクラスの嵐どの、それは知っているのでしが……そなたはいったい何者なんでしか!」

パーソナルソファに座った倉井くんはビシリと渦潮を指さすも、当の本人はどこ吹く風だ。

「ボクの名前は渦潮信路(かじおしんじ)。昨日、キミのクラスにやってきた転入生だ。血液型は型破り、座右の銘は日替わり。最近の悩みは、ニジマスの妖精が何度も夢の中に……」
「ちょっと待ってクレマチス、パート2! 転入生なんでしか? 昨日、来たばかりの人が、おいらにいったい何のご用でさぁ?」
(不っっっ思議な2人が不っっっ思議な会話してんなぁ……)

 圧倒されていると、隣に座っていた赤星さんが話しはじめた。
「常次、単刀直入に聞くね? ……なんで学校に来なくなったの?」
 赤星さんがそう言うと、倉井くんは押し黙った。

「話すのがつらいか?」
渦潮がふいに穏やかな口調で聞いた。
倉井くんはうつむく。ボサボサの癖毛が垂れ下がり、余計に表情が読めなくなる。

「つらいなら話さなくてもいい。だが、話さないともっとつらくなることもある。自分の気持ちをはっきりさせておけばよかったと、後悔する日がくる」
「おお……」

 突然まともなことを言ったので、俺は思わず声が漏れた。
——が、渦潮はさらに続ける。

「悩みでも何でもない。学校に行かないのは単なる気まぐれだ。もしそうなら何も話さなくて結構。その場合は撤収させてもらう。さあ、結論はどうだ? 5秒だけ数えるぞ。話すなら今のうちだ。5、4、3……」
「ま、待ってくだせぇ! 話す、ます! 話しますからぁ!」
「あ、めっちゃ急かすね。すごいなお前」

 急かされたとはいえ、待ったをかけるからには思うところがあるのだろう。倉井くんは胸に手を当て、深呼吸した。
それから少しの間をあけて、口を開いた。

「おいら、学校に行ったらいじめられるかもしれないんでし……」
「かもしれないとは?」
「実は……最後に学校に行った日のことなんでしが、おいらが帰ろうとしたときに絡まれたんでし! その、いわゆるヤンキーと呼ばれる人たちに」

 俺と赤星さんは顔を見合わせた。渦潮は腕組みをしたまま口をつぐんでいる。
赤星さんが尋ねる。

「どこで絡まれたの?」
「校内でし。おそらく同じ学校の先輩かと」
「それで怖くて行けなくなったのね……」
「常次クン、詳しい説明をしてほしい」
「えっと、あれは何といいましたか……確か、揚げ物みたいな名前の、物乞いをする行為なんでしが……」

渦潮は手を挙げ、すかさず答える。
「メンチだな」
「いやメンチはまた違うやつだろ。カツアゲでしょ?」
「そう、それでし! 3人がかりでカツアゲされたんでしが、何しろ初めてのことでしから、もうパニックになってしまって、その場から走って逃げたんでし。今、学校に行ったらフルボッコ確定でし! 怖いでし!」
「よし、まずは落ち着いて深呼吸をしたまえ。今の発言だけでも6デシリットルだ」

 言われた通りにリラックスした倉井くん。
ここはひとつ、俺も安心させてあげようと思い、口を開く。
「まぁ、ヤンキーは根に持ってないんじゃないかなぁ? カツアゲして逃げられることなんて慣れっこかもよ?」
「そ、そうでしかねぇ? だといいんでしが」
「そうよね、そうよ。常次のことはもう忘れてるわよきっと! 第一、ヤンキーの記憶力なんて、ダチョウのそれと同等なんだから!」
「赤星さんもなかなか言う人なんだな」

おしとやかな第一印象だったために、赤星さんの発言には面食らった。
 そんな折、渦潮は唐突に立ち上がった。

「常次クン、明日から学校に来たまえ」
「うえっ!? さっそくでしか!?」
「ああ。ボクも海人クンも小町チャンも、キミが来るのを待っているからな」
「小町ちゃん……?」
 今日、出会ったばかりの女子を、下の名前にちゃん付けで呼ぶこいつには尊敬すら覚える。当の赤星さんは特に気にしていなさそうだが。

「だがしかし、いずれにせよ学校にヤンキーがいるのは怖いでし……」
「問題ない。ボクと海人クンで護衛をするからな」
「おい」
「本当でしか!? 守ってほしいでし! 徹底してほしいでし! 片時もおいらから離れないでほしいでし!」
「もちろん。ボクと海人クンはいつでも2人で1つ。地元どころか世界でも負け知らずだ」
「おいこら。勝手に青春でアミゴるな」

 なんやかんやとありつつも、倉井くんは再び登校することを決断してくれた。
……非常に面倒な条件つきで。


「おはようございやす渦潮どの!」
「信路でいいぞ」
「ははあ、信路どの! ……あっ! 嵐どのー! おはようございやすー!」
「マジでいるよ……」

 翌朝、俺たち3人が落ち合ったのはいつもの教室……ではなく、学校の正門前だった。
渦潮にいたっては、キャンプ用のチェアを設置して優雅にコーヒーを飲んでいた。
俺はいつもの時間より「少し早めに」家を出たつもりだったが、渦潮たちのほうが早かった。

 我慢ならず、俺は苦言を呈した。
「なぁ倉井くん。本当に朝から正門で待ってなきゃダメか?」
「ヤンキーというのはTPOをわきまえないスナイパーでし! タヌキのようなおいらでは、朝イチからレティクル範囲内でし!」
「いや考えすぎだと思うけどなぁ……」
「それに嵐どのは金髪かつピアス。見た目がヤンキーだから魔除けに……いや待ってくだせぇ!? 類が友を呼ぶならば、ヤンキーのもとにはヤンキーが寄ってくるのでは……」
「誰がヤンキーだコノヤロー」

 そこからは酷かった。
渦潮がマシだと気づかされるほど、倉井くんは……いや、倉井はしつこかったのだ。

「嵐どの! トイレに同行してくだせぇ!」
「子どもかよ」

「屋上でランチタイムでしか? 一人にしないでくだせぇ!」

「信路どの! どこへ行くのでしか!」
「隣の教室だ。ボクの名声を広めるためにな」
「おいらも行くでし! あ、嵐どのもご一緒に! 3人寄ればもう最強! でし!」
(めんどくせぇ……)


 やっと放課後になったが、これでは放課もクソもない。
「帰り道が一番怖いでしからねぇ……」

何せ、倉井が隣を歩いているからだ。こいつの家まで送るとなると俺の家からは遠回りになってしまうし、渦潮が店番のように部室に残っているので、不本意にも二人きりなのだ。

 気まずいのと、純粋に気になっていたのとで、俺は尋ねてみた。

「倉井くんってこう言っちゃ何だけど、よく喋る人なんだな」
「というと?」
「ぶっちゃけ倉井くんって、誰とも喋らずにじっとしてたイメージだからさ」
「……おいらがじっとしていたのは、どうせ分かってもらえないと思っていたからでし」

 倉井は少しうつむいて、困ったような笑みを浮かべた。
「分かってもらえないって、何が?」
「全部が、でし。おいらは幼い頃から周りと合わなかったでし。好きな食べ物も、遊びも、喋り方も、何もかもがズレていた。それは大きくなってからも変わらなかったでし」

 暗い話になりかけていたが、彼はふいに前を向くと、今度は幼馴染の話を始めた。

「みんなおいらのことを嫌っていたはずでしが、小町だけはおいらをバカにしたり、仲間はずれにしたりしやせんでした」
「味方だったってわけか」
「そんなところでし。心の支えではあったのでしが、中学にあがると勉強や運動の面で、さらに周りとの格差を感じたでし。なんとか高校には入ったものの、陽の者やヤンキーにチキって不登校……」

自虐的に笑う倉井に、俺は気を利かせようとした。

「今日一日でも学校に行けた時点で大したもんだと思うぜ、俺は。そもそも倉井くんは考えすぎなんだよ。ヤンキーに絡まれるとか、そうそうあることじゃな——」
「あいやっ!」

 後ろから倉井のマヌケな声が聞こえたので振り返ると、角から歩いてきた人にぶつかったようだった。……それも、5人組の他校の生徒。
付け加えるならば……

「いったー!」
「えーこれ治療費めっちゃかかんじゃね?」
「ぽっちゃりくんさぁ、手持ちでいくらくらい持ってんの?」

 いかにもな風貌の5人組だ。

「はわわ……も、申し訳ありませぬ!」
「逃げんなって。……あ、お連れさん? この人、俺にぶつかったよね?」

俺にも絡んでくるか。

「……そうだな。そんで、ちゃんと謝ったな」
「謝ったぁ? 言葉じゃなくてカネちょーだいって話なんですけどー!」
「あいにく俺もこいつも金ないんだよ。そんじゃ」
「嘘つけよ。カバンあさりゃなんか出んだろ」

 そいつはそう言って、俺のカバンに手を伸ばしてきた。
思わずその手を掴んだ。

「イタタタタ!?」

少し握ったところで押しのけた。
周りの生徒の目つきが変わった。
男は手をさすると、俺の胸ぐらを掴んできた。
 身の危険を感じたので、そいつの腕を掴んで力をこめた。後ろに押し倒すつもりで。

 見事に倒れた。相手は頭を打ちつけたようだ。体の上に乗ってしまったので、グニリとした中に骨の硬さも伝わってきた。

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