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【書評】『新規事業の実践論』(麻生要一、2019)を読んで。

■ 読後感

たしか昨年の夏ころに読んで以来2回目の読了。この本は読みやすい割りに内容が濃いと思っています。新規事業開発を進めるにあたっての要点がきっちり、しっかり書いてあると思います。

著者の麻生要一氏は、長年、リクルートで新規事業開発に室長として関わり、その後独立。アルファドライブという新規事業開発支援の会社を立ち上げるとともに、ベンチャーキャピタルの経営にも参画したり、NewsPicksの事業開発にも関わっておられるバリバリの事業開発系の方。

本の副題になっている「一生食える普遍的スキルが身につく」というとおり、著者は新規事業開発のスキルは陳腐化しづらいと考えておられ、このスキルを持っていれば人生百年時代でも大丈夫と述べられています。確かに新規事業開発の経験は私もあり、失敗も含めて多く経験してきましたが、次に活かせることが多いように感じます。

本書は、事業開発におけるエントリー期、MVP期、シード期を中心に、どのように事業を立ち上げるかを要点を捉えてしっかり書かれています。先日読んだ「新規事業開発マネジメント」の方が内容はボリュームがありますが、こちらの麻生さんの本も、読みやすくて非常にいいと思っています。オススメの一冊です。

■ 気になった個所

生まれる以前の最初の段階の新規事業案に対しては、「儲かるのか」「具体的なのか」「やる意義があるのか」という頻出質問は、決して「してはいけない」のです。
(p102)

ENTRY期の段階で揃えるべき事業仮説は上記の4要素(たしかに存在しそうな顧客が、たしかに存在しそうな根深い課題を持っていて、それはそのソリューション仮説によって解決されそうであること、そして、それらをどうやったら期間内かつ予算内で検証できそうか、そのプランにイメージを持てること)「のみでよい」ということです。企業の偉い人がよく質問する項目である、市場について、競合について、実現可能性について、収益性について、などの要素は一切必要ありません。
(p112-113)

(MVP期で)やるべきことは、2つです。課題を持った顧客を実際に見つけてくること。そしてその人や企業に対してソリューション仮説の検証をさせてもらうことです。
(p115)

特にテクノロジーの進化はコスト構造を激変させるので、それまでは提供コストが高くて公的な枠組みでしか解決できなかったものが、ビジネスとして成立するようになった、ということが起こりえます。
(p119)

事業仮説が実証され、事業計画が成立すれば、ステージ3(SEED期)へと昇格します。「顧客・課題・ソリューション仮説」がたしかに仮説どおりだったと実証され「そのために顧客が支払う金額が提供コストよりも大きく、顧客数を拡大できれば大きな利益を生む」というシミュレーションが成立するかどうか、これがステージ3(SEED期)への昇格基準となります。
(p120)

「口説き」によって検証相手が見つかり、MVP期の検証が進むのですが、その過程で「検証対象であった顧客が、ビジョンに魅入られすぎて創業チーム化する」という現象が起きます。本当はシビアに「顧客候補」として判断してもらわなければいけないのですが、その顧客自身に創業チームを応援したい気持ちが生まれ、バイアスがかかるようになるのです。
(p125)

1人、もしくは1社からもたらされる利益を下回るコストで顧客を獲得する営業やマーケティングの手法。それがグロースドライバーです。
新規事業においては、よほどの高単価・低原価率の製品でない限り、「LTV>CAC」が成立せず、営業・マーケティングにおいてもなにかしらの「発明」が必要にあるケースが多いです。・・・SEED期以降では、「営業・マーケティング手法の考案」が加わってきます。製品やサービスそれ自体と同じかそれ以上に、営業・マーケティング手法にもユニークさが求められることも少なくありません。
・・・「実際に商売が成立し、グロースドライバーが発見できていること」がステージ4(ALPHA期)への昇格基準になります。
(p128-129)

「最初のグロースが実現したかどうか」が(BETA期への)昇格基準です。CACの悪化をコントロールし、競合に対しても応戦することで、投資された資金を使いきり、当初描いた通りの顧客数と売り上げの拡大を実現した状態です。
(p136)

「既存事業と比較が可能な最小規模まで事業規模が拡大し、既存事業と遜色ないガバナンスを構築できている」ことがステージ6(EXIT期)への昇格基準です。
(p140-141)

結論から言えば、とにかくこのステージ(ENTRY期~MVP期)で重要なのは「顧客起点」であること。アイディアもビジネスモデルでも技術でもなく、「顧客」を中心に据えて進められるかどうかがすべてを決めます。
(p148)

2000件のうち立ち上がった新規事業のチームのENTRY期~MVP期を「どのくらい顧客と仮説を回転させていたか」という観点で振り返ると、その数はだいたい「300回」でした。
(p160)

ENTRY期~MVP期における顧客検証では、どれだけ仮説に強い想いやこだわりがあったとしても、グッとこらえて説明しないこと。そっと目の前にMVPを置いて、反応をじっと見る。そして、できる限り、意志や気持ちではなく動かせない事実のみをヒアリングするようにします。
たとえば、「このサービス、いくらだったら買いたいですか?」は意志を聞いているのでバイアスがかかりやすく避けた方がよい質問です。一方、「(似たような用途のサービス名)には、毎月いくら支払っていますか?」は、事実を聞いているのでバイアスがかかりにくくOK、という具合です。
(p182)

リリース直後に向き合うべきは、まずその「最初の顧客(Primary Customer)」の成功なのです。そこで顧客体験を高め切るとLTVが高まり、そのLTV値の測定結果から、使ってよいマーケティング費用が計算され、その中で成立するマーケティングプランを練る、という順番で事業を立ち上げていくことが正解と言えます。
(p208-209)

Primary Customerとは、以下の条件を兼ね備えた顧客です。
定義1 身内や関係者ではないこと
定義2 営業されて「はじめてその商品を知った」状態から購入に至ること
定義3 正規の価格を支払ってくれること
定義4 購入しただけではなく、購入後にたしかに使ってくれること
定義5 使った結果「支払ってよかった」と満足してくれること
(p217)
世界を変えるアイディアは、世界を変える前には説明することができません。
・・・ただし。ここからが重要なのですが、その画期的なアイディアが「世界を変える前」において、世界中でただ1人だけ、そのアイディアを「画期的だと正しく評価してくれる人」が存在します。それが「顧客」です。(p261-262)

組織の「形」はじつは本質的な問題ではなく、本論で語ったとおり「決裁権限」の設計こそが重要です。まず、決裁権限を設計し、その設計した決裁権限を降ろす先としての最適な組織形態は何なのかを考える。この順番を忘れないでください。
たまに、こんな事例を見かけます。新規事業開発子会社が設置されたものの、子会社社長が執行できる予算の権限が数百万円しかなく、新規の正社員採用も、重要な契約の締結も、本社コーポレート部門にお伺いを立てないとできない。これでは、形式上は新規事業特区のように見えても、実態としては何の権限も持たず、機能不全を起こしてしまいます。子会社にするかどうかではなく、何の権限をどこまで降ろすかをこそ、決めるべきなのです。
(p272-273)

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◇藤井 哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/一般社団法人官民共創未来コンソーシアム事務局長/SOCIALX.inc ボードメンバー
1978年10月生まれ、滋賀県大津市出身の43歳。2003年に雇用労政問題に取り組むべく会社設立。職業訓練校運営、人事組織コンサルティングや官公庁の就労支援事業の受託等に取り組む。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地方の産業・労働政策の企画立案などに取り組む。東京での政策ロビイング活動や地方自治体の政策立案コンサルティングを経て、2020年に京都で第二創業。京都大学公共政策大学院修了(MPP)。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。

◇問い合わせ先 tetsuyafujii@public-x.jp

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