見出し画像

【書評】『新規事業開発マネジメント』(北嶋貴朗、2021)を読んで。

▮ 読むきっかけ

官民共創プロジェクトの推進に関わる中で、民間企業の新規事業開発に伴走する機会が増えてきました。そうしたことから、民間企業の新規事業開発に関する本を探している中で見つけました。

私自身も起業経験や、チームを率いての事業開発経験はあります。とはいえ大手企業における新規事業開発については経験がなく、そうした知見を得るためにも選んだ本でした。

▮ 大雑把な内容

著者の北嶋氏は、コンサルファームでの経験や、DNeAでの新規事業開発経験などを経て、株式会社Relicという会社を2015年に立ち上げ、以後、数多くの新規事業開発に携わってきた人物。

著者自身も述べているのですが、新規事業開発については修羅場をどれくらい経験したかが重要で、実際の事業開発においてはケースバイケースの対応が必要になります。本書は著者がこれまで経験してきた事柄を踏まえて、できる限り新規事業開発に関して体系化した内容のものとなっています。

またスタートアップ企業における事業開発ではなく、大手企業などの新規事業開発を念頭に置いて書かれている点でも、ほかにあまり見ない内容です。

副題となっている「不確実性をコントロールする戦略・組織・実行」について書かれており、帯にある3つのフェーズ、7つの検証項目、10のプロセスに沿って、各プロセスでのポイントがかかれています。(下図参照。本書p98-99)

relicのモデル

第1章は、「なぜ今、新規事業やイノベーションが必要なのか」。
第2章は、「新規事業開発は、なぜうまくいかないのか」。
著者の想いがたっぷり書かれています。

第3章からが本題で、「いかにしてビジョンを描き、新規事業開発の方針や戦略を策定するのか」。新規事業に取り掛かる前に、なぜその企業を行うのかなど、そもそも詰めておかねばならない点について触れています。この部分は経営層へのコミットや理解などを求めるもので、新規事業をどのようなアプローチで進めるのかについて述べられています。非常に重要です。

第4章は「良質な新規事業開発への挑戦を量産できる組織を作る」。
イノベーター人材とのリレーションシップの重要性について述べられています。

第5章「不確実性をコントろーする新規事業開発プロセスとマネジメントとは」。
いよいよここから「事業構想フェーズ」として、まずは課題の検討について約60ページの紙面を割いて詳しく説明が加えられていきます。本書の中核的な章だと思います。

第6章「新規事業を構造的にグロースさせるための理論と実行」。
ここでは事業創出・事業化フェーズおよび、成長・拡大~完成フェーズについて述べられています。

最終章の第7章は「先進的企業の「イノベーション・エコシステム」と「インキュベーションの民主化」が創る日本経済の未来」。
最後に著者の見解や今後の日本社会において必要と考えられる事柄について述べられます。

▮ 読後感

この本は良書だと思います。新規事業開発については、「新規事業の実践論」(麻生要一)もおススメですが、同じくらいにこちらの本も良い本だと思います。いずれの本も企業内の新規偉業開発について述べられています。書いていることは似ている部分もありますが、どちらかとえば、本書では「課題の設定」の重要性についてより掘り下げて書かれており、また客観的にどのような手法やアプローチをとって、新規事業開発に取り組むべきか、構想段階から考えるのに適した本であると考えています。

著者は、失敗を失敗で終わらせず、それを組織として蓄積していくことの重要性を述べています。それは新規事業の成功は、非常に難しいことの裏返しで、失敗して配置転換したり、キーマン(イノベーター人材)が離職してしまえば、その組織において文化が育たないとしています。

課題をどのように検討するか、その解像度が高いほど、解決策の解像度も高くなり、成功率も高まります。そうした点で、不確実性が高い新規事業をどのようにマネジメントし、成功率を高めていくべきか、その要点としてはやはり課題の分析について多くの紙面を割いていることが特筆すべき点です。

官民共創プロジェクトを進める際も、民間企業の方から、どのような「問い」をたてて自治体との接点を探っていくべきかを相談受けることが多くあります。新規事業開発のみなさまにとっては、「解決策」は考えていくことができるにしても、自治体が抱えている課題をどのようい「ビジネスとしての課題」に定義するのかが重要で、その部分の壁打ちが、私にとっても大切な役割となっています。そうした点から、私にとっても本書は非常に学びが多い本であり、再度読み直して、頭に入れなければとも感じています。

▮ 気になったところ

ゼロからの起業やスタートアップにおける事業開発と、大企業や一定の経営資源を保有する企業における新規事業開発は、似て非なるものです。
(p28)

現状の新規事業開発の経験者が少ない企業における企業内新規事業では、特定の方法論を「よりどころ」にしてします傾向があります。本来ならば事業を成功させるという目的のための手段に過ぎない方法論が目的化した結果、「リーンスタートアップ」や「オープンイノベーション」といった「手段」が先行する事態が頻発しています。
スタートアップの事業開発を容易に模倣してしまう問題も本質は同様です。経営資源やリソースを持たないところから始めざるを得ないスタートアップならば、初期はただひたすら顧客起点でアイデアを考え、顧客の声を聞きながら改善や学習を繰り返していくプロセスが適合する理由や背景はわかります。しかし、すでに隆々たる利益を生んでいる既存事業の資産や人的リソース、ブランド力や顧客基盤などの一定の経営資源を保有する企業が、それらをまったく活かさずに新規事業を立ち上げるのは、果たして適切なのでしょうか。
(p41)

ゴールである「ビジョンが達成されている状態における企業の事業内容や事業ポートフォリオ、それぞれの事業規模、対象としている市場や顧客と提供価値」などを想定した上で、現状の既存事業が持続的な改善や漸進的な成長を積み重ねたとしても「埋められないギャップ」があれば、それこそが新規事業に取り組む意義です。
(p53)

「オープンイノベーションとは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである」(ヘンリー・チェスブロウ)(p66)

(オープンイノベーションには)3つの副産物も期待できます。
1つは、事業開発を大幅にスピードアップできることです。・・
2つ目は、コストを大幅に削減できることです。・・・
3つ目は、オープンイノベーションへの取り組みを通じて、自社内の経営資源や競争力となる技術や特許・知財などを改めて整理し、今後の経営戦略・成長戦略の高地にも有効なフィードバックが得られる点です。
(p66-67)

オープンイノベーションは近年、画期的な新規事業開発アプローチとして、ブームとも呼べるほど日本企業において取り入れられてきました。しかし、取り組む企業が急増した一方で、そこから事業化に至り、成功事例と呼べるような事業が生まれているケースはまだまだ少ないのが実情です。
どこに問題があるのか。筆者はオープンイノベーションの手法論そのものではなく、取り組むスタンスやアプローチが原因だと考えています。企業にとってオープンイノベーションに取り組む意義の本質は、自社の経営資源だけでは解決できない課題や需要に対応し、より早く、より「大きな事業構想」を実現することにあります。単独で実現できる事業構想であれば、自社のみで取り組むほうがステークホルダーが少なくなるため、さまざまな調整や交渉などのコミュニケーションコストもなくなり、自由度高く推進できます。結果として、成功確率も高くなり、成功した際に享受できるリターンも大きくなります。極論をいえば、このような場合においてはオープンイノベーションは不要なのです。
(p69)

筆者の個人的な見解として、イノベーションは意図的・戦略的に起こすものではなく、新しい価値や変化を提供したり、社会の課題を解決する事業に挑戦したりし続けた結果として、世の中に普及・浸透することで初めて実現される偶発的なものだと考えています。また、一般的に「イノベーター」として知られる方々も、イノベーションを起こそうという考えや動機で取り組んできたのではなく、自分のビジョンや意志に基づき、真摯に事業や研究に取り組んできた結果として、イノベーションと呼ばれる偉業を成し遂げていることが多いのです。
(p77)

米マッキンゼー・アンド・カンパニーは、事業成長を決める真の要因は「戦略」「実行力」「リーダー」「市場」の4つである、と指摘していますが、そのうち7割以上は市場という単一要因によって説明できるとしています。
(p80)

企業が目の前の新規事業開発やイノベーション創出活動で成功する確率を高めるためには、現存するイノベーター人材という希少な経営資源を最大限に活かすことが必要不可欠です。そのためには「社内外のイノベーター人材と良好な関係性を構築し、その能力や成果を最大化できるように支援する」という考え方を、組織の根底に根付かせることが重要だと筆者は提唱しています。これを「Innovator Relationship Management(イノベーター・リレーションシップ・マネジメント)」、略して「IRM」と呼んでいます。
(p84)

新規事業開発を継続する組織に必要な文化とはどのようなものでしょうか。筆者は、「新規事業などのリスクが高い挑戦に対して賞賛や応援が自然ともたらされる社内文化」だと考えています。少なくとも頭ごなしに否定されたり、批判されたりすることがない文化です。
・・・Googleが2016年に発表した生産性に関する研究結果があります。同社が自社の数百に及ぶチームを分析し、どのようなチームがより生産性が高い働き方をしているかを調査した結果、心理的安全性がチームの効果性に最も重要な影響を与えていることがわかったのです。
(p114)

前者の定義(「現状が健全ではないマイナスの状態」と「通常な健全な状態」との差分(ギャップ))では、課題とは「不満」「不便」「不足」「不安」「不快」「不平」「不利」などの「不」から始まる表現で表現されると捉えればイメージしやすいでしょう。別の言葉で「ペイン(痛み)」と表現することもあります。これは「健全な状態」が社会の共通認識となっているテーマや領域で発生しやすい傾向があります。・・
一方、後者(「目指す理想な状態」と「現状」とのギャップ)の定義では、課題とは「あくまで理想や目指す状態」とのギャップです。現状が明らかな不健全なマイナス状態とはいえないので、「不」や「ペイン」などの言葉では表現されにくい面があります。また、現時点では顧客自身が課題として強く認識していないことも多く、顕在化しづらい課題ともいえます。・・・顕在化しづらい後者の定義の課題を対象にすると不確実性が高くなる半面、競合や類似・代替性が存在していないケースが多く、先行者利益を獲得しやすいといえます。
(p129)

解決した時のインパクトが大きく、事業としてポテンシャルが高い課題を「質が高い課題」と筆者は呼んでいます。Insightで発見した課題が、確かに存在するものなのか、その課題の質が高いもので解決するに値する課題なのか、・・・
新規事業開発の際に解決すべき、質の高い課題の定義とはどのように考えるべきでしょうか。筆者は以下の4つの観点で課題を評価・検証するべきだと考えています。
(1)課題の広さ=同様の課題を抱える人や企業が世の中にどの程度いるか
(2)課題の発生頻度=どの程度の頻度で課題が発生するのか
(3)課題の深さ/深刻さ=どの程度困っているか、悩んでいるか
(4)課題の発生構造=課題は一過性のものではなく構造的に存在・拡大を続けるか
(p139)

さまざまな課題への向き合い方や程度があり、「お金を払ってでも解決したい」まで行き着けば顧客の課題は深く、悩みや困りごとが深刻であることが考えられます。「既存の商品やサービスなどの代替策で、その課題が解決できていない理由が何か」を明らかにすることも重要で、これも確認・検証が必要です。
(p142)

大きな事業を生み出そうとするほど、顧客セグメントを広く設定したくなる心理が働いてしまいがちですが、新規事業開発を通じて革新的な事業やサービスを生み出そうとする場合には、思い切って顧客セグメントを絞り込むことが重要です。顧客セグメントを絞り込むことは「その顧客にしかプロダクトを提供しない=その顧客にしか利用してもらえない」ということではありません。あくまでも、そのプロダクトが広く普及していくために重要な存在となる「良質な初期顧客」が誰かを模索し、その顧客に対して徹底的に付加価値の高いプロダクトを提供していくためのものなのです。
良質な初期顧客セグメントに刺さる商品やサービスが提供できれば、そこから他の顧客層にも広がり、大きな事業として成長させられる可能性が出てきます。
(p145)

「アセットドリブン」で取り組んだ新規事業開発は、そのプロダクトアウト的な発想が「消費者ニーズを理解していない」と過去には何度も揶揄の対象ともなりました。「市場や顧客の課題や需要を無視した古いアプローチ」として、マーケットイン的な発想こそが正しいという説が主流になりつつあるのも事実です。
しかし、本質を捉えるならば、新規事業開発におけるアプローチはそれ自体の「点」だけで判断されるものではなく、インキュベーション戦略における位置づけやイノベーター人材のタイプや担う事業領域・テーマなどのさまざまな要素をつなげて、「線」や「面」にして初めて判断されるべきものと筆者は考えています。「自社内にあるアセットやテクノロジーから発送した新しいソリューションが解決できる課題は何か」「その課題を抱えているのは誰か」を丁寧に探索して検証を徹底するプロセスさえしっかり行えれば、十分に有効なアプローチになり得ます。問題なのは、新しいソリューションが解決できる課題と顧客の検証を疎かにして、顧客が存在しない新製品や新サービスを、無理やり具現化してしまうことです。
(p153)

(1)提供価値の方向性を決める(前提条件や方向性の整理)
(2)提供価値を実現するソリューションを幅出しする(発散)
(3)自社が取り組む意義や独自性・優位性を生むアセットの観点で絞り込む(=集約/収束)
(4)継続的に収益が上がる仕組み=ビジネスモデルの仮説を構築する(昇華)
このように、Ideationプロセスは4つのステップを通じて検討を進めます。
(p154)

徹底的にその事業について考え抜いているイノベーター人材や事業リーダーを上回る優れたアイデアが、他者とのブレストから生まれたという事例を筆者は一度も経験したことがありません。いずれもアイデアを発散させて「量」を出すことはで期待できても、「質」の面では絞りの込みの段階でふるい落とされることが多く、実際に採用されるものが少ない点は念頭に置いておくべきです。
(p158)

課題と解決策の独自性からアイデアを簡易評価。課題と課題決策のいずれにおいても独自性が望めない場合、棄却を検討。
(p161)

プロトタイピングの本質は「いかに時間やコストをかけずに必要最低限の試作品を用いて顧客がサービスや機能を疑似体験できる状態を創り出せるか」「そこから得られる顧客の反応やフィードバックを計測・学習し、今後の改善や検討に活かすことができるか」です。そのためソリューションの機能やサービスとして検討している案の中で、特に優先して検証すべきものに絞り込んだ上で、その「検証のために必要最低限の試作品」を実現する必要があります。
(p166)

サービス・機能の案を絞り込んだ後は、いよいよソリューションの検証に入ります。ここで主に検証すべき重要な観点は、「顧客の受容性」と「解決策としての有効性」の2つのみです。顧客の受容性とは、「顧客がソリューションを欲しいと思うか」「お金を払ってでも利用したいと思うか」という点です。解決策としての有効性とは、実際のそのソリューションによって、想定していた顧客の課題が解決できるかどうかという観点です。
(p168)

試作品を用意するといっても、必ずしも何かモノを作らなければいけないと考えるのは大きな誤解です。
(p169)

検証を通じて、「解決策としての有効性」への影響が大きく、かつ「蓋然性の高いサービスや機能」に該当するソリューションのうち、顧客の受容性が高いものだけを初期プロダクトの要件に盛り込む形で検討します。
(p175)

この段階(事業化フェーズ)では、コアメンバーが3人のチームが、リソース、人件費、コミュニケーションコストといった観点を総合した際に、最もバランスがよいチームであるというのが筆者の考えです。その上で、新規事業開発プロセスを進めていく中でチームに足りない人材や不足した機能を補うべく、段階的にチームメンバーを増強していきます。
(p184)

最もアサインしてはいけない人材は、能力やスキルは高いものの、ビジョンへの教官やチームとの親和性が低い人材です。ともすると能力やスキルを評価してアサインしたくなりがたいですが、なまじ能力が高い分、その人材の発言や意見が周りに与える影響も大きいので、エンゲージメントが低くてチームにフィットしなかった場合に及ぼす悪影響は甚大です。
(p186)

LTVとは、「顧客がその事業やサービスに対し、生涯で平均してどの程度の対価・金額を支払い、どの程度の利益貢献をしてくれるか」を評した指標です。ビジネスモデルによっても異なりますが、基本的には「平均購買単価×年間平均購買頻度×粗利率/年間離反(解約)率」で算出することができます。一方でCACとは。「顧客を獲得するために平均してかかった費用」を指します。CACは「顧客獲得にかかった費用/獲得顧客数」で算出します。
原則として「LTV>CAC」=「LTVがCACを上回る構造」を創り出すことができれば、理論上はマーケティングコストを投下して顧客数を拡大したとしても、最終的に収益化できる状態と考えられます。・・・
・・・理想は「LTV>CAC」の状態にするだけではなく、上記の計算式(LTV÷CAC)が高いほど優れているといえます。なぜならLTVもCACも事業を運営する中で日々変動する指標であり、特にCACは顧客拡大に向けてマーケティング投資をしてチャネルやコンテンツを拡張しようとすると、効率が損なわれて数値が悪化することが往々にして起こり得ます。
(p206)

まず優先すべきは「LTVの最大化」です。
(p209)

不確実性が高く、既存事業とは異なる知見や能力が必要となる新規事業開発では、どこまでいっても「習うより慣れろ」、すなわち実践・実戦を通じた修羅場を経験することでしか見えないものや得られないものが非常に多く存在します。
(p233)

ーーーーー
◇藤井 哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/一般社団法人官民共創未来コンソーシアム事務局長/SOCIALX.inc ボードメンバー
1978年10月生まれ、滋賀県大津市出身の43歳。2003年に雇用労政問題に取り組むべく会社設立。職業訓練校運営、人事組織コンサルティングや官公庁の就労支援事業の受託等に取り組む。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地方の産業・労働政策の企画立案などに取り組む。東京での政策ロビイング活動や地方自治体の政策立案コンサルティングを経て、2020年に京都で第二創業。京都大学公共政策大学院修了(MPP)。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。

◇問い合わせ先 tetsuyafujii@public-x.jp


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?