藤井満

元新聞記者。著書に「京都大学ボヘミアン物語」「僕のコーチはがんの妻」「北陸の海辺自転車…

藤井満

元新聞記者。著書に「京都大学ボヘミアン物語」「僕のコーチはがんの妻」「北陸の海辺自転車紀行」「能登の里人ものがたり」「石鎚を守った男」など。 一部有料記事がありますが、訳あってアクセス数を減らすための措置なので、直接メッセージをいただければ一時的に無料で開放します。

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  • 能登2011〜24

    大地震に襲われた奥能登。地震前の能登の魅力と被災状況と再生の道のりを追います

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    日本の聖地、あるいは異界の旅行記

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    九州と沖縄の旅行記2022〜

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能登2011-24 日本史をかきかえた網野善彦の原点「時国家」(輪島市町野町)

 輪島市街から20キロ、能登半島の先端にむかった輪島市町野町の曽々木海岸は、板状の岩に直径2メートルの穴があいた奇岩「窓岩」で知られている。  曽々木は、能登で一番大きな河川である町野川の河口にあたり、かつて大きな潟湖があり、昭和のはじめまではたくさんの船が出入りしていた。  町野川を数百メートルさかのぼると、時国家(下時国家)、さらに300メートル上流に上時国家がある。  下時国家は間口24.2メートル、奥行き14.7メートルで、敷地内に安徳天皇をまつった社がある。 上時国

    • まつろわぬ「両面宿儺」に自らを重ねた、まつろわぬ円空 「円空 旅して、彫って、祈って」から

       2022年、岐阜県高山市丹生川町の「千光寺」という山寺を訪ねた。  1600年前の仁徳天皇の時代に、乗鞍山麓の豪族である両面宿儺(すくな)が、古代信仰の場として開山したとつたえられている。  両面宿儺は、ひとつの胴体にふたつの顔があり、手足が各4本ある怪物で、「日本書紀」では、人々をしいたげる凶賊として武振熊命に討たれたことになっている。  出雲には、大国主命が大和王権の祖先である天孫族に国をゆずった、という神話がある。これは最後まで抵抗する古代出雲王国を大和王権が屈服さ

      • 能登2011~24 鋳物と左官の中居(穴水)

         鏡のような海にカキ養殖の筏が浮かぶ中居湾(穴水町)をながめながら、高台の「さとりの道」を歩くと、わずか1キロほどの道沿いに9つの寺社があらわれた。海沿いの中居の集落には重厚な土蔵がいくつもならぶ。わずかな農地しかない集落に、多くの寺社と蔵をたてる経済力をもたらした背景には、江戸時代の塩づくりがあったという。 塩づくりささえた鋳物産業  中居はかつて鋳物の町としてさかえた。砂鉄や粘土などの原料や、マツやクリの木などの燃料、さらに天然の良港があったからだ。江戸時代は、塩田で

        • 大宮盆栽村の精神性と先進性202404

           埼玉でそだったから、小学校の郷土学習本で「盆栽村」を見た記憶があったが、辛気くさい盆栽には興味のかけらもわかなかった。  でも2020年の四国遍路の途中で香川県高松市の鬼無という、松の盆栽の8割を産出している集落を歩いたとき、大宮の「盆栽村」を思いだした。  2024年4月、東武野田線に乗って大宮公園駅におりて、北にむかった。  日本近代漫画の先駆者とされる北沢楽天を顕彰する「漫画会館」をへて10分ほどで「大宮盆栽美術館」(310円)に着いた。  江戸時代、江戸の団子坂(

        能登2011-24 日本史をかきかえた網野善彦の原点「時国家」(輪島市町野町)

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          ボヘミアンのモロコとりツアー

          #京都大学ボヘミアン物語 登場人物たちが、ボヘ一番の釣り名人ミズコの指導でモロコとりにでかけました。コツは……

          ボヘミアンのモロコとりツアー

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          能登2011~24⑪里山の生業づくり ケロンの小さな村 孫とともに復興

          先生がつくった小さな里山 能登町斉和地区  世界農業遺産(GIAHS)で評価された「里山」は手つかずの大自然ではない。人の手をくわえることでつくられた環境だ。能登町斉和地区に元高校教師が開いた「ケロンの小さな村」は、そんな里山の可能性をおいもとめている。(2013年取材)  珠洲道路から200メートルほどわけいった谷間の棚田は放棄されて30年をへていた。背丈をこえるカヤや蔓草がおいしげり、湧きでる冷たい水で足下はぬかるんでいる。  2007年、高校教諭をやめて農地をさがし

          能登2011~24⑪里山の生業づくり ケロンの小さな村 孫とともに復興

          能登2011~24⑩里山の生業づくり ブルーベリーと夢一輪館

          無農薬ブルーベリー「町の顔」に  夏、能登半島内陸部の旧柳田村(能登町)を走ると、あちこちの畑や民家の庭にブルーベリーがたわわにみのり、「道の駅」にはブルーベリーのアイスやワインがならぶ。健康ブームもあって無農薬のブルーベリーが評判をよび、今や能登町は北陸最大のブルーベリー産地になった。でもなぜ能登にブルーベリーなのだろう。(年齢は取材当時)  「猿鬼」という怪物が神の軍隊に毒矢で退治され、黒い血が50里もながれた という逸話がつたわる能登町五十里。2013年6月末、町野

          能登2011~24⑩里山の生業づくり ブルーベリーと夢一輪館

          能登2011~24⑨避難所で生きた漁師の知恵

           2024年元日の能登半島地震で、半島の外浦(日本海側)は最大約4メートルも隆起した。海底が陸になり、多くの漁船が漁港で座礁した。  石川県最大の漁港・輪島も、水深が浅くなり、200隻の漁船が港外にでられなくなった。  輪島の冬はズワイガニやタラが次々に水揚げされるかき入れ時だが、元日以来、港はしずまりかえっている。  ぼくは2月11日と3月15日、輪島市の中心街の西側に隣接する海士町と輪島崎町という漁師町を歩いた。 干上がった塩水プール  輪島の海はどの程度、隆起したの

          能登2011~24⑨避難所で生きた漁師の知恵

          能登2011~24⑧ため池で団結 「総掛かり」の村おこし 輪島市・金蔵

           輪島市町野町の山あいにある金蔵集落は「限界集落のトップランナー」と評されている。64世帯156人(2011年)の里に、歴史や民俗の研究者やボランティアの学生らが頻繁に出入りする。地元の米でつくった酒を、埋蔵金伝説にちなんで「米蔵金」と名づけ、パッケージをデザインしたのは外部の若者だった。  その活動の中心になっているのが、NPO法人「やすらぎの里 金蔵学校」だ。「あなたが先生、私が生徒」「私が先生、あなたが生徒」をスローガンに、住民が知恵をだしあい、さまざまな活動を展開して

          能登2011~24⑧ため池で団結 「総掛かり」の村おこし 輪島市・金蔵

          能登半島地震にともなう輪島の隆起202403

          能登半島・輪島の袖ヶ浜と鴨ケ浦の「隆起」の状況を撮りました。

          能登半島地震にともなう輪島の隆起202403

          能登2011〜24⑦盆灯とかぶらずしで復活した穴水・曽良

          地蔵祭りも寒修行も消え、寺は無住に  鏡のように新緑の木々をうつす富山湾の、ひときわ深く切れこんだ入り江沿いにひろがる穴水町の曽良地区は、深い湾と水路の風景から「東洋のベニス」と評されたこともある。海沿いの高台にある集落唯一の寺・千手院は樹齢700年のシイノキがそびえている。年間50日ほど、海のむこうに立山連峰がうかぶ景勝地だ。  住職の谷大観さん(59歳)=穴水町議会事務局長の=はこの寺に生まれた。千手院の檀家は集落の60軒のうち13軒だけ。これでは食べていけないから、

          能登2011〜24⑦盆灯とかぶらずしで復活した穴水・曽良

          能登2011〜24⑥珠洲原発とたたかった床屋さん

          反原発の闘士、ミュージシャンに  珠洲原発計画への反対運動にとりくんだ理容店主・橋本弘明さん(64歳)は、電力3社が撤退した2003年以後、運動の闘士からアマチュアミュージシャンに「転身」した。コンサートにはかつての推進派もつどい、対立の傷がいやされてきたとかんじるという。東日本大震災から9カ月後の2011年末、橋本さんの思いをきくため、珠洲市役所の東の若山川のほとりにある「ヘアーサロンはしもと」をたずねた。  珠洲原発は1975年に珠洲市が誘致を表明し、76年に関西・中

          能登2011〜24⑥珠洲原発とたたかった床屋さん

          能登2011~24⑤珠洲 祭りがつなぐ伝統の知恵

          海中を乱舞する七夕キリコ  珠洲市宝立町の見附島はその形状から「軍艦島」とよばれる。その北にある海岸では8月はじめ「七夕キリコ」がもよおされる。この地区の七夕は盆の準備をはじめる日で、祖先の霊をむかえる行事とされている。提灯やぼんぼりでかざられた高さ約14メートルの巨大なキリコ6本をそれぞれ約70人でかついで海にはいり、花火がいろどる夜の海をゆらゆらと乱舞する。華やかで優美なこの祭りは、昭和の観光ブームとともにはぐくまれたものだった。 観光ブームで新たなキリコ誕生  戦

          能登2011~24⑤珠洲 祭りがつなぐ伝統の知恵

          能登2011~24③焼け野原の輪島朝市

          行きつけの漆器店も食堂も焼失  2月11日、車で輪島市河井町の中心街にはいると7階建ての「五島屋」のビルが横倒しになっていた。隣の居酒屋「わじまんま」が下敷きになり、経営者の妻と娘が亡くなったという。何度かかよった居酒屋だった。  海沿いの埋め立て地「マリンタウン」に車をおいて西へ歩いた。行きつけの喫茶店「しおん」はのこっている。だが50メートルも歩くと、空襲跡のような焼け野原がひろがった。阪神大震災のときの長田区の光景を思いだす。  輪島塗の皿に絵をえがかせてもらった

          能登2011~24③焼け野原の輪島朝市

          能登2011~24③輪島の漁師町は過疎知らず

           輪島市街をながれる河原田川の河口の西には、海士町と輪島崎町というふたつの漁師町がならび、輪島港は、石川県で最大の水揚げをほこる漁港だ。春はノドグロやハチメ(メバル)、夏はアワビやサザエ、冬はズワイガニやブリ、タラ、そして日本一の水揚げをほこる天然フグ……。豊かな海産物のおかげで、ふたつの漁師町だけは子どもが多く、能登ではめずらしく、過疎化とは無縁だった。(年齢は2013年当時) 九州からの海女たち 今も残る独自の文化  海女漁で知られる海士町は、1569年に福岡県・鉢ヶ

          能登2011~24③輪島の漁師町は過疎知らず

          能登2011~24② 2013年の朝市

           輪島市の中心街は、日本海にむかって南北にながれる河原田川の東側が河井町という中心街で、輪島塗の塗師屋が多い。西側の鳳至(ふげし)町は江戸時代は素麺で知られたが今は輪島塗関係が多い。鳳至町の北側に海士町と輪島崎町というふたつの漁師町がならんでいる。輪島の中心といえば、河井町にある朝市通りである。  まずは2013年の朝市の様子を紹介したい。 能登の食文化があつまるテーマパーク  輪島の朝市は、延長360メートルの道に最大250軒の露店がならぶ。漁師の母ちゃんが鮮魚を、海女

          能登2011~24② 2013年の朝市