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新人が現職をやぶった富山県知事選2020に学ぶ、ベンチャー企業が大企業を倒す方法

新田氏の戦略・戦術は、まさに「ベンチャー」が「大企業」を打ち破るための理想的なマーケティング手法

藤井だいすけ@富山県議会議員です。
10月25日に投開票日を迎えた富山県知事選。新人の新田八朗氏が、現職で自民党・公明党推薦の石井隆一氏に6万7000票あまりの差をつけ、51年ぶりの保守分裂対決を勝利しました。投票率も60%を超え、前回2016年の約35%を25%以上も上回りました。新田氏のブレーンとされる選挙コンサルの松田馨氏が「こんなすごい選挙はこの先50年ないかもしれない。それくらいすごい逆転劇」と話したというほど、その戦略・戦術的にも歴史に残る県知事選になりました。

私は現職・石井氏の選挙対策本部に入り支援を行っていましたが、20時開票直後に当確がでるほど圧倒的差がつくとは思っていませんでした。開票結果を待つまでの長い間を過ごすために、何冊が本を持ち込んでいたほど。それくらい、私の予測は“甘かった”のです。敗戦のショックは大きかったですが、激戦から少し時間をおいて冷静に振り返ると、新田氏の戦略・戦術は、まさに「ベンチャー」が「大企業」を打ち破るための理想的な「競争戦略」マーケティング手法ではないか。新規事業や新商品開発の担当者にとっても、学ぶことができるのではないかと思い、このnoteを書くことにしました。やや長くなりますが、お付き合いください。

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自民党の推薦をもらった現職・石井氏が圧倒的に有利なはずだったが……

まず富山県の状況から。
・有権者が88万人。うち富山市35万人と高岡市14万人の2大都市で約55%を占める
・富山県の自民党員は3万人
・各市町村に自民党の地域支部が張り巡らされており、その基盤を軸に市議会議員や県議会議員を各エリアから誕生させている構造
・富山県議会の自民党所属議員は33名。定員40名なので占有率が80%超

異常なくらい自民党が強いことがわかるかと思います。

つまり、自民党の推薦を受けるかどうかで、県知事選の勝敗が決まるといっても過言ではない状態。新田氏と石井氏は、ともに自民党に推薦を求め、紆余曲折を経て6月上旬に自民党富山県連は石井氏を推薦する決定をしました(この決め方の手順のドタバタも、のちに敗北の要因となります)。これまでの常識で考えれば、自民党の推薦を受けた石井氏がかなり優位であったことがわかるかと思います。

「小が大に勝つ」3つのセオリーを、県知事選を事例に考察してみると……

さて、こんな状態から“大逆転”を果たした新田氏の「小が大に勝つ」戦略を、私なりに勝手ながら以下の3つのセオリーに分解してみました。
① ランチェスター戦略
② 返報性の原理/一貫性の原理
③ 接触頻度の原理(スリーヒッツセオリー、セブンヒッツセオリー)

それぞれ県知事選を事例に、説明してみたいと思います。

① ランチェスター戦略
日本の経営コンサルの草分けである田岡信夫氏が1970年代に提唱した競争戦略で、もともとはイギリスの航空工学者ランチェスターが第一次世界大戦の航空戦を研究し導き出した「戦闘の法則」が原点とされています。特に、中小企業が恵まれたリソースを持った大企業に打ち勝つために有効な戦略で、私がいたリクルートの新規事業開発でもニッチ市場戦略として実践的に取り入れていました。
ランチェスターの法則には以下2つがあります。
第一法則(局地戦) 戦闘力=武器効率×兵力数
第二法則(広域戦) 戦闘力=武器効率×兵力数の2乗

単純に解説すると、
・戦闘力は武器効率を上げるか、兵力数を上げるしかない
・第一法則(局地戦)は「弱者の戦略」
・第二法則(広域戦)は「強者の戦略」
となります。
仮に武器効率が同じであれば、兵力数の勝負になりますが、広域戦となる第二法則の方がより兵力数の差が大きくなります。Aの兵力が10でBの兵力が5とすると、第一法則ならば差が10-5=5ですが、第二法則の場合は100-25=75もの差がつきます。なので、兵力数が少ない側は、できる限り局地戦やニッチ市場に持ち込む方が有利になります。

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※詳細はこちら→https://sengoku.biz/

今回の新田氏は、立候補表明をした昨年11月の段階では、経済人として有名ではありましたが、一般の有権者までは浸透していない状況でした。そこで、富山県全県では88万人の有権者がいる中で35万人を占める富山市に狙いを定め、かつ新田氏を支援する県議会議員や現職市長がいたエリア(富山市山室エリア、呉羽エリア)で圧倒的シェア(知名度・人気)を獲得することを目指していきました。選挙戦本番は10月でしたが、新田氏は10~11か月前から富山市での地道な手振りや街頭演説を行い、少しずつ盛り上がっていく様子をSNSで発信し、ファンの数を広げていきます。また自民党推薦を選考する過程が、新型コロナウイルスの影響もあり混沌(ドタバタ)としたことを、マスメディアが面白がって取り上げたことも、新田氏の全県的な知名度アップと「判官びいき」的人気の獲得につながったと感じました。この場合のSNSやマスメディアの利用は、ランチェスター戦略でいうところの「武器効率」となります。つまり「局地戦」に持ち込み、メディアという「武器効率」の向上をしっかりと行っていたことがわかります。

マーケットシェア理論を活用し、エビデンスベースで戦略の浸透度をモニタリングする

また、新田氏陣営は、戦略の進捗にあたって認知率とシェア率を独自に調査していたと思われます。ランチェスター戦略には「マーケットシェア理論」があり、どれくらいのシェア率であれば市場への影響力が高まるか、を数字化されています。

2.8% 拠点目標値(存在価値はないに等しいが橋頭堡となりえる)
6.8% 存在目標値(競合に存在を認められるが市場への影響力はない)
10.9% 影響目標値(市場全体に影響を与える存在に)
19.3% 上位目標値(上位グループに名乗りを上げる存在に)
26.1% 下限目標値(トップを狙える位置の最低条件)
41.7% 安定目標値(地位が圧倒的に有利に。トップとしての立場が安定する)
73.9% 上限目標値(独占的状態)

今回は実質的な石井氏との一騎打ちでしたから、4期16年の石井氏の知名度は有権者の80%を占めていたと思われます。知名度が劣る新田氏は、個別の局地戦で自身の知名度をあげ、シェア率(投票行動を起こす人のうち、新田氏を支援するという人の率)を40%まで上げることを目標に行動を起こし、その結果を数字でモニタリングしていたのではないか。まさに「民間のあたりまえ」と言えます。
局地戦でのシェア率を高め、その動きを他のエリアに波及させる。そのエリアもモニタリング調査によって攻略がしやすいエリアから順番に行っていたのだとすれば、これは本当に見事な新規事業・新商品開発の成長戦略のお手本です。
(※他にもランチェスター戦略の応用で説明できる事例がありますが、さすがに細かくなりすぎるので割愛いたします)

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選挙や政治に無関心な層を掘り起こすために、社会心理学/行動経済学を応用している

つぎに、② 返報性の原理/一貫性の原理です。
まずはそれぞれの原理の説明から。
返報性の原理:
私たちは「人から何かしらの施しを受けたときに、お返し(恩返し)をしなくては申し訳ない」という気持ちを持っています。人間が生きていく上で自然と身に付いた社会的規範のようなもので、日本的には義理や人情と呼ばれているものに近いと思います。
一貫性の原理:
私たちは「一度決心した行動や発言、信念を貫き通したい」という気持ちを持っています。社会生活において、一貫性のある行動は周囲からの信頼を得られやすいということを、私たちは経験的に知っているのです。

アメリカの社会心理学者、ロバート・チャルディーニの著作『影響力の武器~なぜ、人は動かされるのか』という本があります。社会心理学/行動経済学の知見をマーケティングに応用できるよう落とし込んだもので、セールスから恋愛まで幅広く活用できます(悪用もできますのでご注意を)。
たとえば一貫性の原理を応用したマーケティング手法に「フット・イン・ザ・ドア」があります。「小さな要求から承諾してもらい、徐々に大きな承諾につなげる」テクニックです。
そもそも選挙や政治には関わりたくない、という人は世代問わず多い。そんな人にいきなり「選挙運動に参加しようよ!」といわれても、気が引けるわけですが、身近な人から「私の投稿にいいね、してくれればいいから」「今度、ミニ集会あるからちょっとだけ参加しない?」「この動画、1分だけだから見てくれない?」などと誘われれば、「その程度なら……」と応えてくれようとします。ひとつでも参加してくれた人には、「富山県政ってこんな課題があるんだよ」「それを変えないと私たちの生活が良くならないんだよ」「知事を決めるのは自民党じゃない。私たちなんだよ」と伝えて、その人の参加意欲や当事者意識を高めていくことができます。そのことの積み重ねが、期日前投票率23%最終投票率60%という結果、つまり政治的無関心層の掘り起こしにつながったと考えます。

返報性の原理の応用には「ドア・イン・ザ・フェイス」(門前払い)があります。これは、「最初は無理な要求を出しつつ、次に要求を低くして承諾につなげる」テクニックです。人間には相手の要求を断ると罪悪感が芽生え、その罪悪感の解消のために小さな要求を飲んでしまう心理があるとされます。たとえば、今回の選挙において自民党支持者は、推薦が石井氏に決まった以上は組織決定に従う、となっていたはずです。その人に「新田を応援してやってくれ!」と頼むと「それはさすがに無理」と一度は断わられますが、「表立ってはやらなくていいから。少しでも顔を立ててやってほしい」と低い要求で頼めば、「悪いようにはしたくないな」との心理を呼び込むことができます。その人の投票行動(石井に一票)を変えることはできなくても、選挙運動をさせないこと(声かけや電話等)で相手候補の動きを止めることができるわけです。

ほかにも自民党議員の取り込みのために、一貫性の原理を応用した形跡もあるのですが、それはさすがに妄想に近くなるので、ここには記しません。

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3回接触すると「名前を覚え」、7回接触すると「投票したくなる」

次に、③ 接触頻度の原理(スリーヒッツセオリー、セブンヒッツセオリー)です。
テレビCMの露出量(GRP)を決定するときに使われる理論で、私がリクルート時代に電通さんとフリーマガジン『R25』のクロスメディアマーケティング広告を開発する際に、ものすごく便利に使わせてもらいました。人間は知らない商品・ブランドでも、3回接触すると認知率が高まり、7回接触すると購買率が高まるという、シンプルな原理です。

もともとは1972 年にクラグマンの「なぜ3回の露出で十分なのか」なる論文とされていますが、私は電通さんをはじめとした大手広告代理店の営業が、広告主にテレビCMの企画提案する際のエビデンスとして独自に発展させたものと思っています。

今回新田氏は、ご自身の会社を退任(日本海ガスは2019 年12月、日本海ガス絆HDは2020年3月)し、知事選の半年前からフリーとなりその期間を政治活動・選挙運動に費やしていました。とはいえ、本人がいくら行動しようと、有権者に直接出会えるのはせいぜい2%程度(富山県なら1.7万人)と考えます。それでは、接触頻度が全く足りない。それこそテレビCMを大々的に打てば簡単なのかもしれませんが、公職選挙法のからみもあります。

そこで政治団体「ワンチームとやま」の政談演説会告知用という名目で、本人の顔写真入りのポスター(二連ポスターなどと呼ばれます)やのぼり旗を、主要幹線道路から住宅街まであらゆるところに露出します(追記:ポスター6000枚、のぼり旗は1400本との報道)。また、あくまで政治団体の活動として、個人のご自宅にリーフレットの投函およびスタッフの戸別訪問を行います。しかも同じお宅に1回ではなく、3回以上は投函・訪問していると思います。「何度も来て迷惑」との声も当然あるでしょうが、「何回も来てもらって気の毒(申し訳ない)」との声の方が、実はそのあとの効果が大きい。②の返報性の原理が働いてくるからです。それ以外にも、コンサートのような決起大会をアリーナで3000名近く動員して開催、新田氏のシルエットが想起される政治団体届出ビラ等を2種類選挙期間中に全県配布、選挙運動用ビラを厚紙で作成し車のフロントガラス等で露出させるなどなど、本当に接触頻度を高めるためにあらゆる手段を行っていました。公職選挙法スレスレとの声もありましたが、選挙期間前にスリーヒッツセオリー(新田氏を知ってもらう)を完成させ、選挙期間中に一気にセブンヒッツセオリー(新田氏に投票してもらう)の流れに持っていったわけです。

石井氏の陣営もだまって手をこまねいていたわけではありませんが、いままで見たことない手法を先手先手で投入されたことで、対応が後手に回ってしまったことは否めません。現職の石井氏には公務があるので、本人の費やせる時間と行動量がそもそも限られていたこともあります。

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ベンチャー企業も、最初は「弱者の戦略」から、ある閾値を超えたら一気に勝負をかけるのがセオリー

ランチェスター戦略の項目では、新田氏は「弱者の戦略」をとっていると解説しましたが、運動が流れに乗ってきた後半は、むしろ「強者の戦略」に変わっていました。武器効率も兵力数も、石井氏を上回っていたと思います。このような戦略が実行できたのも、やはり新田氏陣営の資金力があってこそと思います。私のような庶民には到底真似できません。ベンチャー企業でも、最初は「弱者の戦略」をとって成功の芽(シード)を少しずつ伸ばしながら、ある閾値を超えたら一気に勝負をかけることが大事とされています。その際、ベンチャー企業はベンチャーキャピタル等からの財政支援を受けることで潤沢な資金を確保し、勝負をかけていくわけです。最近で言えば、メルカリやラクスルなどの戦略に近いと思いました。

新田氏陣営の方からは「何もわかってないよ藤井くん。もっと深い戦略があるんだよ。ふふふ」と言われるかもしれませんが、私の考察ではここまでが限界でした。

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これからの県政に必要なのは「競争戦略」ではなく、「共創戦略」「共生戦略」

最後に、選挙は「勝敗」がはっきりつくもので、「マーケティング競争戦略」の応用がしやすいのだと思います。私も自分の選挙を行ったときに「選挙はマーケティングの原点」と感じていました。しかし、実際の県政は「勝敗」がはっきりしない。県民の生活の困りごとや、行政の構造的問題は、私たち人間が社会を営み続ける以上、いつまでも解決しないものだと私は感じています。「競争戦略」ではなく「共創戦略」「共生戦略」が重要なのです。これだけ見事に富山県知事選挙を戦いぬいた新田新知事が、県政でどのような取り組みを行っていくのか。今後も、県議会議員としてチェック&バランスの姿勢で臨みたいと思います。

こんな長文・駄文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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1973 年富山県富山市生まれ。富山県議会議員。リクルートでフリーマガジン「R25」等の編集長を歴任。退職後、富山市で介護事業アポケアとやま専務取締役に。社会福祉士。県政通信「セブン・リバーズ」をご希望の方はこちらまで→https://fujiidaisuke.com/