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ブルーマンデー①

高校1年生の頃、入部したての文芸部で初めて書いた短編がこちらです。

わたし自身すごく当時から人見知りで、新生活に緊張していて、文字通り月曜日が憂鬱だったのでしょう笑。

学校を舞台にしたおはなしというのが、今ではあまり思いつかなくなりました。
その時にはものすごく悩んでいたことも、時間が経ってしまえば小さなことに思えます。

それでも、本気でその問題とぶつかってもがいていた自分は真剣だったと思うし、それを軽々しく笑い飛ばすというよりは、大人になった自分だからこそ、柔らかく寄り添ってあげたいな、と思うのです。

目の前に本当に10代の子がいても同じで、若い人たちをこそ、心から理解しようと努めることのできる大人でありたいです。

そんな、悩める10代だったわたしの書いた短いおはなし。
ぜひ、共感しながら読んでみてください。

よろしくお願いします!



 まぶしい夕日の差し込む図書室へ入ると、そこにはやはり、窓際で眠りこける彼女がいた。
 誰も見当たらずだだっ広く思える一室の、一番隅の席だった。
 学校はもうすぐ下校時刻になる。
 部活動を終えた生徒たちは、仲間内でふざけ合いながら、疲れた体を引きずって、だらだらと帰路についているはずだった。
 外の廊下を誰かが小走りにかけていく。しかしこの図書室だけは、橙色に染まって時が止まったように静かだった。
 埃のあたたかな匂いを嗅ぎ、僕は物言わず棚に収まる本達の間をすり抜け、そっと、ぴくりとも動かない彼女に近づいた。
 机に頬をつけ、自分の腕を枕にしている。顔には髪がぱらぱらとかかっていた。
 僕はその様子を呆れ半分に眺めふと息をつくと、温もった彼女の背中に手を置いた。
「吉川さん。もう下校時刻だよ。」
 軽く揺さぶり、呼びかける。しばらく間があってから、ふうっと彼女は起き上がった。
 僕は西日の強さに目を庇いながら身を引いた。
 吉川さんは、視線を空中に漂わせていたが、やがて僕に焦点が合うと、まだ夢を見ているような目をしばたいた。
「早くしないと、学校を閉められるよ。」
 彼女は、うすぼんやりとしてそれを聞き、しばらくしてから思い出したように頷いた。
「ああ。ありがとう。」
 僕は、またため息をひとつつくと、ふいをついて、素早く吉川さんの目の前で手を叩いた。
「ちゃんと起きて。急がないと、本当に閉じ込められる。」
 目を丸くして驚く彼女を引っ張り、僕はせかせかと図書室を出た。
 
「まったく。本当に吉川さんって図書室でよく寝るね。」
「そうかなあ。」
 僕たちは、なんとか閉じ込められる前に校門を出て、帰路についた。
「図書室で本をめくっていると、すごく眠くならない?」
 初夏の夕暮れの風が、彼女の顔面をなぶった。
 昼間は生ぬるい風の温度も、日が落ちてくると少し冷たくなる。吉川さんにはいい眠気覚ましになるだろう。
「そうかもしれないけど。それでもよく学校で、あんな死んだように眠れると思うよ。」
「その睡眠時間のおかげで、私はいくら夜更かしをしていても、寝不足にはならないよ。」
「冗談じゃないよ。」
 僕は顔をしかめて見せた。
「毎日、放課後に起こしに行かなきゃならない、僕の身にもなってよ。」
「そんなの、管野が好きでやってるんじゃん。」
「別に好きじゃない。ただ君は放っておいたら、朝までああしてかねないから。」
 吉川さんは、風から手荒に髪を撫でられながら、屈託なく笑った。
 それぞれの家路へ向かう分かれ道にさしかかる。
 僕は、無意識にため息をついた。
 吉川さんに挨拶をして別れようとしたが、彼女の独り言のような呟きに、踏み出そうとしていた足を止めた。
「メランコリー?」
「何それ。」
「日本語で『憂鬱』、だよ。」
 彼女は眉をひそめた。
「管野、さっきからメランコリーな顔をしてる。」
「だから、それは吉川さんのせいだって。」
 ぼやきながら、僕はそのメランコリーという単語を舌先で転がした。
ずいぶんとふざけた名前だ。全然、鬱々として聞こえない。
僕はわざとらしく、今日何度目か知れないため息をついた。
「五月病かな。」
「新しい環境に慣れない?」
 吉川さんは大きな欠伸をしながら言った。
 あまり、親身に人の相談を聞いているようには見えない。
「クラス替えをしたところに、知ってる人がいないんだよ。」
 ふうん、と相づちを打って、彼女は、次には気持ちよさそうに伸びた。
「男も、そういうので悩んだりするんだ。」
「悩むよ。悪かったね、女っぽくて。」
もっとも、女である彼女は、そういうものとは無縁そうだった。彼女は苦労せずとも、いつの間にかその場に馴染んでいってしまう、うらやましい人だ。
「大丈夫だよ。いやでも毎日顔を合わせる人達なんだし、誰かと親しくなる機会なんて、いくらでも転がっているから。」
手を振り、吉川さんはふらふらと帰っていった。
「転ばないでよ。」
 と呼びかけると、僕も、いまひとつ解消されない憂鬱を抱え、夕日の照らす家路についた。


つづく

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