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金曜の獏①

高校生の時に、文芸部として活動していました。

部活動として定期的に会誌みたいなものを作って、無料で校舎のあちこちに置いていました。これはそれに載せた短い小説ですね。

何となくフレッシュな感じがします。

ほんの少し意識や空気を変えることで、流れがいい方へ動いていくことがあります。
大切なのは、何か変えようと考え続ける・動き続けることだと思いました。


 金曜の夢には獏(ばく)が出る。
 そう言ったのは、僕が一ケ月間だけ面倒をみることになった、小さないとこの口だった。
 両親が仕事でほとんど不在なので、僕がすっかり取り仕切っているアパートの一室で、彼女はめいっぱいお下げを振り振り、そう言った。
「嘘じゃないよ。だれも信じてくれないけど、本当に出てくるんだよ。金曜日の夜には必ずわたしに会いに来て、わたしの夢を食べようとするのよ。」
「そうか。でも莉々、獏なんて変わった生き物をよく知ってるねぇ。」
 僕は絵本の読み聞かせをし過ぎたか、とぼんやり考えつつも、感心して言った。
 莉々がこの家に来てから、すでに一週間は経つ。以前に会ったのは彼女が赤ん坊の頃のことだったので、莉々ははじめ、見知らぬ人間と環境に、ずいぶん緊張していたようだった。しかしそれも三日で慣れ、ここ最近では僕のあまりのだらしなさに、腰に手を当て、おこごとまでこぼすようになっている。
 そんな子供のわりにしっかりとした彼女が、こんなことをむきになってまで話してくるとは意外だった。
「バクだって、その生き物が言ったんだもん。」
 莉々はふくれっ面で僕を睨みつけた。
「亮介くん、信じてないでしょ。」
「ただの夢じゃない?絵本の読みすぎだよ。」
「だって、毎週必ず会いに来るんだよ。」
「いつからそうなったの?」
「……お母さんが入院したくらいから。」
 小難しい顔をして、彼女は答えた。
 僕はそれを見て思わず笑い、持っていた団扇を莉々に向けて扇いでやった。
「いろいろ考えすぎなんじゃないの。心配しなくても、多希子さんならちゃんとよくなって帰ってくるよ。」
「お母さんは……今、どこにいるの?」
「実家に帰って、療養しているんだよ。」
「退院したばかりなのに。」
「少し疲れたんだよ。すぐに元気になって帰ってくるよ。」
「お父さんは?」
「康則さんは、多希子さんに付き添っているよ。」
「どうして?」
「きっと多希子さんだけだと……心配だから。」
「……なんでわたしは、おいて行かれたの?」
 僕は、口をつぐんで、そよいでいる彼女のお下げを手に取った。
「莉々は、あまり康則さんには似るなよ。」
ぼんやりとそう言うと、莉々は不思議そうに僕を見返した。
「将来が心配だからさ。」
 彼女のくもの糸のように細い髪の毛と、広いでこを見遣り、僕は思わずにやりとした。


つづく



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