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成人の日に込めた思い

20歳の集いに向けて、着物を選び、前撮りをして美容室を予約して・・・。そんな友人たちの苦労とは無縁の私だけれど、成人の日が近づくに連れて憂鬱な気分になっていた。


着物は母のおさがりと子供の頃から決めていた。

赤い着物に金の帯。

祖母が選んだというその組み合わせを、祖母による着付けで着て成人式に出たのだと嬉しそうに話していた母のことを思い出す。

写真でみた母の姿は凛としていてとても綺麗で子供心に憧れたものだ。

「私、成人式でこれ着たい」

あの時の母や祖母の嬉しそうな顔は今でも覚えている。この着物を着たいと言ったのは嘘ではないし、母は「今の流行り物をレンタルしてもいいのよ」と言ってくれたけれど、今でも着られるならこの着物をと思っている。

親子で美容室を営んできたこの2人にかかれば、着付けもセットも簡単だろう。前撮りの写真も写真スタジオを経営する伯父が撮ってくれて、お代もサービスしてくれた。


じゃぁ、何が問題なのか。何が私をこんなに憂鬱にさせているのか。それは、前撮りをした日にさかのぼる。

祖母が着付けてくれた着物はピシリと音がするんじゃないかと思うほどきまっており、苦しいところもなく完ぺきだった。改めて着物はこれにしてよかったと思わせてくれた。1つ気になったのは後ろを確認した時の帯の結び方だった。まるでぷっくりと膨らんだお太鼓を背負っているようで可愛らしさがなく、何だか素直に喜べず「さすがだね」とにっこりと微笑むことしかできなかったのだ。

さらに追い打ちをかけたのが母のヘアセットだった。きれいに結い上げられた髪はきっちりしていて、ちょっとやそっとでは崩れないだろう。いわゆる夜会巻きというやつ。私の顔でこの髪型はキラキラした感じではなくギラギラして見えた。でも、よかれと思って丁寧にしてくれたヘアセットや着付けに文句なんて言えない。そう思うと成人の日がくるのが少しづつ憂鬱になってくのだ。


「最近、お母さん、夕方ちょいちょい出かけるよね」
祖母と2人で夕食を食べていると母が帰ってきた。味噌汁を温めて母の分を食卓に並べながらそう聞いてみると、母はパタパタと荷物を片付けて食卓に着いた。
「うん、ちょっと行くところがあってね」
母が聞いてほしくなさそうだったので、それ以上は聞かないで話題を変える。
「そうだ、明日。髪飾り一緒に見に行ってくれるんだよね?」
「うん、近所の呉服屋さんでね、ちらりと覗いてみたら可愛いのがたくさんあったわ」
「えっ?1人で見に行っちゃったの?」
髪飾りは自分で選びたいという気持ちがあるせいか、少し責めたように聞こえた。
「だって楽しみなんだもの」
そんなに、にこやかに言われると何も言えない。せめてあの髪型に合うものをと考えたのだがここまで来たら何をつけても同じかもしれない。

翌日、呉服屋に行ってみると母の言う通り可愛い髪飾りがたくさん並んでいた。どれにするかさんざん迷ったが結局、私が一目見て気に入ったつまみ細工とリボンの髪飾りを購入した。
「あら?それにしましょう。凄く可愛いわ」
と母も気に入ったようではあるが、どう考えても母の作る夜会巻きには似合わない。もはや必要なのは開き直りだと覚悟を決めた。


そうこうしているうちに20歳の集いの当日はやってきた。
「とうとうこの日が・・・」
緊張からか、目覚ましよりも早起きをして痛くなりそうな胃をさすりながら1階へ降りていく。
「あら、おはよう。早いわね」
祖母は既に起きていて着物のチェックを始めていた。
「おばあちゃんの方が早いでしょうよ。気合入りすぎだよ」
そんな祖母の姿を見ていると憂鬱さを忘れてなんだか笑ってしまう。
そう。2人ともこんなに楽しみにしてくれているのだと思うと嬉しささえわいてくる。
「起きたならちょうどいいわ。ちょっと早めに準備しちゃおう。おばあちゃんたち、着物着た桜と一緒に行きたいところあるのよ」
「えっ!?着物着て出歩くとかちょっと恥ずかしいんだけど!」
「いや、あんた、今日これからこれ着て成人式行くんでしょ?なに寝ぼけたこと言ってんの。早く顔洗って目ぇ覚ましておいで」
言われてみればそのとおりである。覚悟を決めたばかりじゃないか。

化粧を済ませてお店の方に行くと母の準備もすでに整っていた。
「お母さん、よろしくね」
「任せておいて。気合入れて巻いてあげるわ!」
「気合は・・・ほどほどで」
軽く笑うと椅子に座って母に背中を預ける。
髪をとかしてくれる母の手はいつも優しい。丁寧に。大切に。そうやってずっとお客さんの髪も梳かしてきたのだろう。
梳かし終わった櫛を台に置いて、次に手にしたものに私は鏡越しに目を丸くする。
「えっ?それってコテ?」
「ええ。これが1番巻きやすいって知り合いの美容師さんが教えてくれたの」
そう言って母はひと房づつ、きれいに髪を巻き始めた。
「・・・この前、前撮りの写真を撮ったとき。なんの疑いもなく昔のように結い上げてから、あっ、失敗したんだって気が付いたの。ほら、ここのお客さんって、年配の方と子供がほとんどでしょう?今風の髪型なんて考えたこともなかった」
母は丁寧に、すごいスピードで髪を巻き、編み込みを始める。
「桜には、もっと似合う髪型があるのに私には出来ないなんて言い訳出来ないし、したくないじゃない?だから、知り合いの美容師さんに教えてもらってたくさん練習したのよ」
「じゃあ、最近出かけてたのって・・・」
「ええ、その方の勤めている美容室。その時間なら予約空いてますって、お店に呼んでくれて、練習台にもなってくれて。時間があまりないから、なるべく使いやすいコテで、こんな形で、髪飾りはこのタイプのならどれでも似合うのでって呉服屋さんにも付き合ってくれて」
「そっか、それで」
先に下見に行っていたのか。
そんな話をしている間に、みるみる仕上がっていく頭。ヘアスプレーで固めるころには祖母も店に降りてきていた。
「髪飾りは着物着てからね」
母にそう言われ後ろも鏡で見せてもらう。
「すっごく可愛い。上手!初めてだなんて嘘みたい!」
母は照れくさそうに鏡を片付けると、小さく笑った。
「一応、これでもプロですから」
「次は私だね。桜、着付けするよ。おいで」
「うん、お母さん。ありがとう」
母はほっとしたように、うんうんと頷いて私を送り出す。

祖母の着付けは相変わらず早い。母のセットもあっという間だったが、あれやこれや指示をされているうちに、もう仕上がってしまった。
「ほい、完成」
「ありがとう、さすが」
鮮やかな手さばきにこちらも惚れ惚れする。くるりと後ろも鏡で映してみてあれ?と思った。
「おばあちゃん、この帯・・・」
「気づいてくれたのかい?」
祖母もニコニコ嬉しそうだ。
「お母さんには負けてられないからね。おばあちゃんも頑張って調べてみたんだよ」
そう言って、祖母は私の肩に手を置いた。
「これはふくら雀結びって言って、結び方自体はこの間のと同じなんだよ。少しでも可愛く見えるようにお太鼓の部分を小さくして羽を多めにしてみたんだ」
言われてみれば、この前これでもかと目立っていたお太鼓が小さくなってそこにある。
「昔は、この結び方が人気でね。娘が、食べ物に飢えることなく豊かな一生を送れますようにって願いを込めて結ばれていたんだ。でも、今はあまり人気がないらしくてね。もし違う結び方がよければ他にも・・・」
「ううん。これがいい。ありがとう。おばあちゃん」
なんだか目が潤んでくる。
「ほらほら、泣いたらせっかくの化粧が崩れてしまうだろう?」

「あら、素敵」
そこに顔を出したのは母だった。手には先日買ってもらった髪飾り。
それを私の髪にさすと1歩さがる。
「似合ってるわよ、桜。成人おめでとう」
「・・・18になった時に成人のお祝いはしたじゃん」
「あっ、そうだったわね」
涙で化粧がくずれないように、ぐっと顔面に力を入れる。
「お母さん、おばあちゃん、ありがとう」
やっとの思いでそう口にするとインターフォンがなる。やってきたのは伯父だった。
「おっ、桜ちゃん、似合ってるね。この前よりずっと可愛いよ」

せっかく前撮りしたけれど、仕切り直したいという母と祖母のお願いを、伯父は快く引き受けてわざわざ朝から迎えに来てくれたようだ。

伯父の写真スタジオに行き、前撮りの時と同じように写真を撮ってもらう。
「さて、こんなもんかな?そろそろ行かないと遅刻しちゃうよね」
伯父はそう言うとカメラをおろした。
「伯父さん、もう1枚だけ、お願い!3人で撮って欲しいの!」
それを聞いて母と祖母は顔色を変える。
「えっ、こんな格好で恥ずかしいよ」
「そうよ。ああ、スーツとか着て来ればよかった!!」
渋る2人の腕をつかんでカメラの前に立つ。なんだかんだ言いつつ笑顔の2人に私は改めて幸せだなと思った。

「はい、じゃあ撮るよー」
そう、言って伯父がシャッターを押す。
『パシャリ』と幸せを込める音が鳴った。





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