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きみの歌声に焦がれる

12月に入り、今年も耳慣れたクリスマスソングがあちらこちらで流れるようになった。駅前広場の中央に飾られたツリーは、クリスマスに向けてますます存在感を増し、クリスマスの数日前ともなればサンタクロースが街中にあふれ始める。

クリスマスが近づいて色めきだつのは、私の周りも同じで、フリーだったはずの友人たちも、クリスマスを恋人と過ごす話で持ちきりだ。私と言えば、今年も1人きりのクリスマスイヴなのだけれど。


事の発端は、17歳のクリスマス。よりにもよってクリスマスイヴの当日に彼氏に別れを切り出され、私はこぼれそうになる涙と鼻水を何とか堪えて駅まで戻ってきた。

駅前にあふれる仲睦ましい姿の数々が、私の傷を大きく抉るため、目を伏せ自然早足になっていく。

そんな時、私の耳が1つの音を捉えた。

ギターを手に静かに歌うサンタクロース。聞いたことのない歌なのに、私はそのサンタさんの前に釘付けとなり、寒い中、何曲もその人の歌を聴いていた。1曲ごとにさっきまでの悲しみや悔しさが軽くなる。こんなに寒いのに暖かい気さえしてくる。まるで布団の中で夢を見ているみたいだ。

「少しは元気出た?」
歌い終わったサンタさんは、いつまでも動かない私にギターを片付けながら声をかけてくる。
おわっちゃった・・・。それが正直な感想だった。
「・・・うん」
ずびずびと、今度は寒すぎて鼻水が垂れそうになる。
サンタさんはギターを担ぎ、右手でポリポリと頬をかくと、被っていたサンタ帽を私に被せ、その上から頭をポンポンとたたく。
「メリークリスマス。聖なる夜に祝福を。風邪引かないようにな」
もっと歌を聞きたかったのに、次にいつ歌うのか聞きたかったのに、名前だけでも聞ければSNSで探すことも出来たのに。私はしゃがみこんだまま帰る気力がわくまで立ち上がれもしなかった。

そしてなぜだろう。あんなにずっと眺めていたのにサンタさんの顔が全く思い出せないのだ。優しいギターの音色と歌声は、耳から全く離れないのに。

それから、何回かそのサンタさんを探したが、その場所にはいつも違う歌声が響いていた。

違う、この歌声じゃない・・・。



1年が経ち、もうあきらめかけていた高3のクリスマスイヴ。塾の帰りに耳にしたのは、あのギターの音色と歌声だった。

急いで、あの場所まで走る。白い息を吐きながらそこに行けば、去年と同じサンタクロースの衣装で、サンタさんは優しい歌を歌っていた。1曲、また1曲と幸せな気持ちになっていくのも、去年と同じ。だから、私は今年もここで夢を見るようにサンタさんの歌を聴いていた。

「元気そうだね」
気が付くといつの間にかまわりにいたはずの人は捌けていて、サンタさんは既にギターを片付け始めていた。
「去年も来てくれた子だよね」
覚えてくれていたんだと思うと、それだけでなんだか嬉しくなる。
「こんばんは、サンタさん」
鞄の中から紙袋を2つ取り出してサンタさんに渡す。
「・・・何?サンタクロースへプレゼント?」
サンタさんはクスクスと笑う。
「うん。1つは去年貸してくれた帽子。もう1つは手袋。ギターを弾いて冷たくなった手が少しでも温まるように」
言いながら1歩前に出て、サンタさんの顔をじっと見つめる。
「えーと、見られすぎて顔に穴が開きそうです」
「・・・なんでだろう?こんなに近くで見ても目をそらすともう顔が思い出せないの」
そう。傷心だったことを除いてもおかしいと感じるほど、サンタさんの顔が記憶になかった。声も、歌も、ギターの音色だって、1年経っても忘れなかったというのに。
「・・・そりゃ、子供がサンタクロースの顔を覚えていたら大変だからでしょ」
「むう。私はもう18です。大人です」
「日本じゃ、お酒も煙草も20才からって言うじゃないですか」
まるで相手にされていないことがわかる。小さくため息をつくとさっき詰めた分の距離を後ろに下がる。
「・・・でも、サンタクロースもプレゼントをもらえると嬉しいものだね。これは有難く頂戴するとします」
そう言ってサンタさんは手袋を手にはめて、今年の帽子を脱ぐと、去年の物を被る。
「今年も風邪を引かないように」
そうして今まで被っていた帽子は私の頭に被せてくれた。
「・・・今度はいつ、ここで歌うんですか?」
「来年の12月24日だよ。クリスマスイヴの時間つぶしだからね」
1年に1度しか来ないのか。
「なら、来年も聴きに来ます」
サンタさんは微笑むと去年と同じ言葉を合言葉のように私にかける。
「メリークリスマス。聖なる夜に祝福を」


私は、希望の大学に受かり地元を離れた。やるべきことをやるだけで、4月,5月と目まぐるしく季節は移り変わる。
そんな中、ふとギターの音が聞こえたり、静かな歌声を聞くと途端に顔の思い出せないサンタさんの姿を探してしまう。

ああ、これはもうまぎれもなく恋だ。私はクリスマスに、いや、毎年クリスマスイヴの夜に現れるギターを持ったサンタさんのギターの音色と歌声に恋をしたんだ。

12月24日、大学が冬休みに入ったので私は地元に戻るために朝から空港へ向かう。

夜にはいつもの歌声を見つけたくて。

でも、飛行機がなかなか飛んでくれない。夕方には地元に着いているはずだったのに、いつもの駅にたどり着いたのはもう夜の11時も近かった。

「いない・・・」

去年もおととしも10時半に終わりにしていた。今年もそうならまだ近くにいるかもしれない。諦めきれずに、スーツケースを押してあたりをうろうろ探し始める。サンタクロース姿を探して歩くが、ゴロゴロ転がるスーツケースのタイヤの音ばかりが大きく聞こえて、絶望は増すばかりだ。

「1年も楽しみにしてたのに」
ぽつりとつぶやくと、自分の声の他に、もうひとつ、耳がとらえて放さない音がある。
「この鼻歌・・・」
自信があった。歌声じゃないけど、絶対サンタさんだ。だって今、私、少しだけ幸せを感じたから。

スーツケースを持ち上げてパタパタと音を頼りに走り出す。鼻歌が聞こえるくらい近くにいるはずなのに、見つけられない。あんなに目立つ格好のはずなのに、なんで見つけられないの?鼻歌はすぐに街の音楽にかき消される様に聞こえなくなった。

ああ、完全に片思いだ。去年もおととしも、サンタさんの歌で救われたのに、今年はサンタさんの鼻歌で泣いている自分がいた。


大学2年になり、私は20才になった。今年は前日には地元に帰り、サンタさんが来るのを待ち構える。去年渡せなかったプレゼントと、今年のプレゼント、そして借りたままの帽子を持って。

「あっ、良かった。今年はいる」
待ち構える私の前に現れたサンタさんは、嬉しそうにそう言うと定位置にギターケースをおろす。
「こんばんは、サンタさん」
そうして2年前と同じように紙袋を3つサンタさんに渡すと、サンタさんの顔をじっと見つめる。
「ははは、見られすぎて今年も穴が開きそうです」
「なんで、今まで覚えられなかったんだろう?」
今年は目をそらしても忘れない。そうだ、これがサンタさんの顔だ。
「大人になって夢から覚めたんだろう?」
私があげたマフラーを首に巻き、ワインのミニボトルを眺めると、被っていた帽子をいつものように私に被せてくれる。そして、私が返した帽子を被りなおすと、今年も優しい歌を歌い始めた。


そして、幸せな時間はすぐに終わる。また1年、私はクリスマスの歌声に焦がれるのだ。サンタさんがギターをしまう姿を眺めながら、この夢が覚めるのを待つ。
「さて、子供の夢から覚めた鈴音に新しい夢でもあげようかな」
「えっ?」
「メリークリスマス、そしてハッピーバースデー。聖なる夜に祝福を」
サンタさんはそう言うと私の手をつかんで歩き出す。
「どっ、どこ行くの?」
思っていたよりも早足のサンタさんに転ばないよう気を付けながら付いていく。そして自分をつかむその手にはおととしあげた手袋がはめられているのに気が付いた。それだけのことがこんなにも嬉しい。
「実は、君が大人になるのを待ってたんだ」
駅前にいたはずなのに気が付くと、目の前にはラッピングされた大小様々なプレゼントを大量に積んだソリ。そしてその相棒は・・・。
「トナカイ・・・初めて見た」
「ドライブに行こう。大人になった鈴音に新しいクリスマスプレゼントをあげるから」

空から見下ろす夜景をサンタさんとふたり占め・・・いやトナカイさんも入れて3人占め。焦がれ続けたサンタさんの歌声に包まれて、私はクリスマスイヴにまた新しい夢を見る。




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