体重が減ると希死念慮が薄まる~かすみ嬢の居場所(19)


 体重だけを見て、何キロにならなきゃこれしちゃダメあれしなきゃダメって決められていくの。それは違うって。摂食障害だからって、体重だけで診られるのは悲しい。
 だって、あのときは今より8キロは多かったけど、毎日がつらかった。今すぐにでも死にたかった。でもあのとき、助けてくれるどころか心配すらしてくれなかったじゃない。
 今は、体重が減ったけどだいぶ生きやすい。希死念慮も薄まったよ。なのに、なんで今さら、構うのよ。

 だからね、ダメなのは知ってるけど、最近は毎回水を2リットルは飲んで、おもりを隠し持って病院行ってる。でも、気づかれないんだ。前回から3キロ減らしたってそこからじわじわ落としたって「うーん」で終わりだもん。
 摂食専門のところの方がいいんだろうけど、高いんだよね、治療費。

 あぁ、最近はもう身体が怠くって入院でもなんでもして無理矢理治してください…って思うときもあるよ。でも、考えてみてよ。目指すは痩せ姫!で突っ走っては来てないけど。でも、よろよろでも走り続けなきゃ追いつけないから。ここで諦めてどうする。

 痩せ姫になれるなれないは、天性のものも関わってくる気がするの。私なんかどんなに頑張ってもBMIがひと桁いかない気がしてる…。でも、続けることにも意味があるよ。痩せる努力がなきゃなりたくてもなれない。だからね、痩せ姫って、天才であり秀才でもある人のことを指すのねって。

 そして、最近は、細いなぁいいなぁって思っていた女優さんをまじまじ見た時に、あれ、この程度の細さだったっけ…って少しがっかりしてしまう、私が勝手に理想化して美化してしまってたから。本当の痩せ姫という新たな目標ができてしまったからかもしれない。

 だから「ちょっと触ったら折れちゃいそうな腕じゃん!もう」って言い合う女の子たちを見てると、褒め言葉として使うその言葉を具現化させた痩せ姫たちが気味悪がられるのは、やっぱりちょっと納得いかないかなって思います。もろもろの陰口を聞きながら。

 そんな私に向かって、
「『痩せ姫』の言葉に甘えず、しっかり自分の足で立ってみなさい」
 と、お医者さま。
 でもね、私はそんな言葉を知らなかったときからそんな存在になりたくて仕方がなくて、この病気でいたの。その存在にお名前をつけていただいて、今はただ、それに共感してそのお名前を使わせていただいてるだけで。
 的確に表す言葉が生まれたことで、どれだけ助かったことか。病気でない人がわかってくださることに、どれだけ嬉しかったことか。
 お医者さまなら理解が足りずとも、その気持ちを想像してから声に出してほしかった。

 それにしても、難しいよね。すごく難しい。この歳になると、どうやって今後過ごすか考えなきゃいけなくなる。痩せ姫として過ごすにしても、いつかは終わりが来るんだ。
 だって、私の肉体は現実にあって、痩せ姫は幻想と現実の境目にいる存在だから。どこまで近づけるか勝負。
 だってね、生きていくにはお金が必要でしょう。私も稼がなきゃいけない。稼ぐにはきちんと雇ってもらえる身体にならなきゃ。でもそれは、姫じゃない。
 いつまで痩せ姫を目指せるかしら。そのとき私は、痩せ姫になれないならそれを諦めるなら死んだっていいと思うのかしら。
 今の私ができるのは、少しでも姫に近づく努力をすること。それと、痩せ姫を目指せる期間を延ばす道を模索すること。生き方を考えること。だよ。

 長々とごめんなさい。
 ここで独り言こぼしてると、私の考えがまとまる気がします。
 覚悟ができる気がします。
 頑張る。

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