2084年(1)

2084年、東京。
人類の痩せ願望はとどまるところを知らず、日本はその先頭をひた走っている。
そんな「痩せ」王国を象徴するのが、首都に生まれた特殊な一画。
海外からは「スキニータウン」などとも呼ばれるそこは、世界のどこよりも、細い女性たちが行き交う場所だ。

もともと、この一画には、私立の名門女子大やそこに連なる高校、中学校、小学校、幼稚園があり、芸能事務所やモデル事務所、国内外の高級ブランドショップ、スポーツジム、バレエ教室、ダンススタジオ、エステサロン、自然食レストランなども立ち並んでいた。
また、国内最大級のドラッグストアや業務スーパーがあり、ダイエット商品のチェックや食材のまとめ買いをする女性たちでにぎわっている。
ブランドショップではひたすら小さなサイズ中心の展開で、ドラッグストアでは下剤や利尿剤などの品ぞろえも豊富とあって、それもこの一画に細い女性が集まる理由だろう。
さらに、精神科を備えた大病院や心療内科のクリニックも――。
というわけで、ひとくちに細いといっても、職業柄なのか、オシャレ目的なのか、あるいは病気が絡んでいるのか、一見したくらいではわからない。

わかるのは、ここにいる女性たちの圧倒的な細さだ。
ネットメディアが行き交う女性200人ほどに身長体重の聴き取り調査をしたところ、身長の平均値は約156センチ、体重のそれは37キロ弱だった。
一方、文部科学省が発表した日本の20代女性の平均身長は約157センチで、体重は42キロ余りだ。
60年前は約158センチで50キロ前後だったので、平均BMIは20あったが、そこから17ちょっとにまで下がった。
世界的に驚異の数値かつペースだとされ、WHO(世界保健機関)がわざわざ日本政府に改善を求めているほどだ。
近年では、日本語の「ガリガリ(GARIGARI)」が「スキニー(SKINNY)」を超える細さの表現として海外で使われるようにもなってきた。
そのうち、この「スキニータウン」も「ガリガリタウン」と呼ばれるようになるかもしれない。

さっきも女子大生風のふたりが、カフェでこんな会話をしていた。

「なんか昔、60年くらい前かな、シンデレラ体重って言葉が流行ったんだって」
「何それ、憧れの理想体重ってこと?」
「うん、当時はそうだったらしいんだけど、今はどうかな。私の身長、162センチを計算式に当てはめてみたら47キロだって」
「それって普通じゃん。ていうか、むしろデブだよね」
「うんうん、ガラスの靴も割れちゃいそうだし、お姫さま抱っこする王子様も大変だよ」

たしかに、ふたりはこの一画における標準よりもさらに細い体型。
162センチだと言ったほうは、明らかに40キロなさそうだ。

ふたりの前には、ブラックコーヒーとホットウーロン茶。
ここにいる女性たちにとっては、当たり前の選択だ。
痩せたいという願望がそのための努力は惜しまないという意識を磨き上げ、強迫観念にも似た国民的共通感情へと膨れ上がっている。

2084年。
世界一の「痩せ」王国は、そんな彼女たちひとりひとりによって支えられている。

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