何処までもやせたくて(97)目を疑った、なみちゃんの返信
その翌日の午前中、母親は帰っていった。
私の嘘を信じ、私を実家に連れ戻すことをあきらめて。
「今夜は親子水いらず、一緒に寝たら?」
なんて、伯母に言われたけど、私が渋ってると、
「それより私、久しぶりに姉さんとじっくり話したいの。この子の今後のこともあるし」
結局、母親と伯母が一緒に寝ることになった。
私のいないところで、どんな話がかわされるのか、気にならなかったわけじゃない。
でも、嘘をついた相手と、同じ部屋でひと晩すごすよりはずっとマシだから。
それでも、ひとつ屋根の下にいる、というだけで、針のむしろだから、心がチクチクして、なかなか寝つけなかった。
母親を見送った今も、なんだか胸が苦しい。
いや、苦しいのは胸だけじゃなくて、お腹もだ。
昨日の夜も、今朝も、母親を納得させるために食べ過ぎてしまった。
母親が帰ったあと、体重を計ったら、1キロ近く増えていて。
早く一人暮らしに戻るためには、そのほうがいいともいえるけど、あんまり増やしすぎると、あとでまた減らせるかどうかわからないから、怖い。
それにしても、私、体重っていうか、太るやせるってことばかりだな。
もしかしたら、他にもっとやるべきこともあるかもしれないのに。
やるべきこと?
そうだ、法学部への転部だけでも、本気で考えなきゃ。
私なんか、司法試験になど受かりっこないけど、転部を実行すれば、母親へついた嘘、半分くらいは嘘じゃなくなる。
私のことも、少しは認めてくれるかもしれないし。
でも、うちの大学の法学部、今の学部よりレベル高いし、転部は難しそうだな。
だったらいっそ、他の大学、受け直そうか。
どうせ、今の大学には友達もいないし、正直、顔を合わせたくない人もいるから。
っていうか、私にとって、上京してからできた友達はなみちゃんぐらいだ。
「ダイエットが友達」って言い聞かせて、やせることだけにすがって生きてきたから。
そういえば、なみちゃんは法学部で、司法試験の予備校にも通ってる。
彼女の大学も、私が転部できるレベルではないけど、相談したら、何か参考になること、言ってくれるんじゃないかな。
なみちゃんとは、母親から逃げてるときに泊めてもらいに行って以来、会ってない。
あのあと、儀礼的なメールを一度かわしただけ。
でも大丈夫、彼女ほど優しい人はいないもん。
「お久しぶり。じつは、相談したいことがあるんだけど……」
メールを送ったら、30分ほどで、返信が来た。
「悪いけど、今いっぱいいっぱいで、それどころじゃないんだ。ゴメン」
見た瞬間、目を疑った。
こんなそっけないメールの返し方、する人じゃないのに。
いつも親身になって、心のこもった言葉をくれるのに。
何かあったのかな……
最後に会ったときのことを思い出し、手がかりを探してみる。
過食嘔吐が習慣になってしまってることを、涙ながらに告白したなみちゃん。
私とは違って、やせてることがコンプレックスで、逆ダイエットに成功したあと、痴漢に遭ったショックから、摂食障害みたいになってしまった。
そういえば、前にネットの友達というか、頼りにしてるお姉さんみたいな人に、彼女のことを相談したとき、こんな分析をしてくれたっけ。
「Nちゃんって、もともと少食で、すごくやせてたんでしょ。
もしかして、それ自体、軽い拒食だったんじゃないかって、そんな気がするの。
子供の頃から、家族の問題とか、いろいろストレスがあって、無意識に、自分を小さく、きゃしゃにしようとしてきたんじゃないか、って。
けなげで、控えめで、頑張り屋で、っていう彼女の性格、ちょっと、過剰に感じるから。
過剰なほどの『いい子』として、生きるための象徴的な意味が、彼女の食生活や体型にじつは現れてた、そんな風にも思えるんだ。
その反動が、今の過食になって出てきたのかも。
もしそうだとしたら、大変だよ。
十数年分の拒食の反動、ってことだからさ」
十数年分の拒食の反動、か。
だとしたら「いっぱいいっぱい」になるのも当然だよね。
でも、どんなふうにいっぱいいっぱいなんだろ。
こんな私でも、何か力になれること、あったりしないかな。
パソコンを開いて、ネットのお姉さんがいるサイトにアクセスしてみる。
あんなにすごい分析ができる人なら、何かいいアドバイスをしてくれるかも。
そうだ、私の転部についても相談してみよう。
でも……
えっ、どういうこと!?
さっきのなみちゃんの返信にも目を疑ったけど、今度はそれどころじゃない。
そんな、まさか、あの人に限って……
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