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ほしになるひ(4)

 それからいくつかの季節が過ぎ、デボラのお腹に赤ちゃんがいることが わかった。

もう、部屋には小さなベビーベッドが置かれ、玄関にはベビーカーがすでに用意されていた。彼女のお腹がだんだんと大きくなり、わたしがデボラのおなかに耳を当てると小さな鼓動が聞こえる。そして、時折、元気よくお腹を蹴るのでびっくりしたこともあった。

手先の器用な彼女は生まれてくる赤ちゃんのために服を縫いはじめ、赤ちゃんの着る産着はすでに出来上がっていた。今はニットでお揃いのドレスオールと小さな靴下を編み、そして、もうすぐかわいらしい帽子が出来上がる

いつもその毛糸玉でじゃれるわたしに彼女は見かねて         「いい案を思いついたわ」と、テニスボールに毛糸をグルグルと巻きつけて大きな毛糸のボールを作ってくれた。                 「スピカ、もうすぐ赤ちゃんが内にやって来るのよ。家族が増えるの」と、嬉しそうに彼女が言った。                      「あなたはその子のお姉さんになるのね」                「おねえさんになるの?」                       「そうよ、あなたならきっと仲良くなれるわ」             「あかちゃんは小さな子なの?」                    「そう、ちいさな子より赤ちゃんはもっと小さいわ。強い命を持っている けど、まだまだ守ってあげないといけない。大切にしてあげないといけない子なのよ」                                「うん、わかった。わたし、その子と会えるのを楽しみにしてるわ」     わたしはデボラの手をやさしく舐めた。                 「あら、赤ちゃんもあなたに会えるのを楽しみにしてるみたいよ」    「なぜわかるの?」                          「いま、おなかを蹴ったわ。早くここから出してって」          「早く会いたいな」                           「私も同じよ、スピカ! 家族が増えることってとても素敵なことよね」   デボラがあかちゃんを産むために仕事を休んで 一緒にすごす時間が長くなり、わたしの幸せはまたひとつ増えたように感じる。こうやってそばにいていつでも心を通わすことができることを、そして、近いうちにもう一人家族が増えることをわたしは想像してみる。

なんて素敵なことなんだろうって思った。


 遠い昔、わたしにも家族がいた。北の国で群れになって暮らす家族。  それは犬という部族と言ってもいいのかもしれない。それぞれの部族が人間とともに暮らし、力を合わせてこの星を守る。わたしたちの部族は長い冬を乗り越え、人間たちと共に暮らしながら、彼らはわたしたちの世話をしてくれ、わたしたちは人間の手伝いをする。生き抜くために一緒に山に入って狩りをし、捕ってきた獲物をそりにのせて仲間と運んだり、ときに急病人が出たときには、吹雪のなかでももろともせず隊列を組んで夜通し走り続け、病人を治す不思議な力をもった長老のもとに連れて行ったりもした。

わたしたち部族はこの星の管理人として北の国を守って来た。

カペラと山に登った時、遠くで仲間の呼ぶ声がすると、わたしたち部族は自分の存在がここにあることを知らせ、そして、相手の無事と幸せを祈って合図を送る慣わしがある。部族はいまやバラバラになってしまったが、太古より、わたしたちが住むこの青い星を守り、無事を祈り続けて来た経緯がある。カペラや仲間のアルデバランも又わたしたちと同様、山に登り祈りを捧げる者たちだった。

 わたしの中に流れている血は、どれだけ膨大な時が経とうとも決して消えるもんではなく、何代にもわたってわたしたち部族の血としてこの体に刻み込まれている。

ある夏至の夜, 山に登りカペラと祈りを捧げるために、一夜を共に過ごした時に話してくれたことがある。                     「お前に伝えておきたいことがあるんだ」 彼は言った。       「お前の先祖の話なんだ」わたしはその言葉を注意深く聞いた。      「お前の仲間の中に、かつてこの広い宇宙へ旅立った子がいるんだ」    山頂から見下ろす村の点在する明かりよりも、その日の夜は空が一段と晴れていて、沢山の星々の明るい光に包まれる夜だった。          「その子はライカと言ってね、人間の作った宇宙船に乗せられ宇宙へ行ったのさ。いや、行かされたと言ってもいいのかもしれない」        「宇宙へ?」と言って、わたしは夜空を見上げた。           「それで、その子はどうなったの?宇宙からこの星を見たの?」     わたしのことばにカペラは静かに首を横に振った。           「悲しいことに、彼女は再びこの星には戻って来れなかったんだ」    「どうして…」                             わたしはこの星を宇宙からみたらどんなだろうと想像していたので、カペラの返事に戸惑った。                         「人間たちは最初からそれを知っていて、ライカを宇宙船に乗せたんだ。 実験のためにね」                          「実験って!」                           「人間が宇宙に行けるようになる前に、まずは他の生き物で宇宙へ行けるかどうかを実験したんだ。ライカを乗せたスプートニクという宇宙船はこの星から宇宙へ行くことができても、再び戻るときの大気圏の熱に耐えられなかったらしいんだ」                          「帰ってこれないのを分かっていたなのに、なぜ、どうして、ライカを乗せて行ったの?ひどいよ!」                     「そうだな…」                           「ひどい、ひどい、ひどいよ!」                   「結局、ライカの旅は片道切符しか持っていなかったってことを 僕たちも後から知らされたんだ」                       わたしはかれの言葉にブルブルと体を震わせると、夜空にちりばめられた星の数々を見上げた。                         「ライカは星になったの?」と、聞くとカペラは            「もしかしたら、このたくさんの星の中にライカはいるかもしれないね」と続けて言った。「お前に覚えておいて欲しいことがあるんだ。人間はみんないい人ばかりでないと言うことを。お前たちを利用しようとしたり、だましたり、都合のいいように使おうとする者たちもいる、ということを決して忘れないでいてほしいんだ」                      「でも、カペラやアルデバランたちはいい人だよ」           「うん、お前と俺たちの関係は遠い昔からこの土地を守るために、先祖同志が契りをむすんでいるからな。その証拠に、お前も俺も山に登って空に向かって祈りを捧げるだろう。 みんなが無事であることを、そして、この星が平和であることをいつも願ている」                  「そうだね」                            「たとえこの先、俺たちが別々になってしまったとしても、俺とお前との絆は変わることはないよ。天に向かって祈りを捧げることで 俺たちは必ず繋がっているということを、どうか覚えておいてほしいんだ」      「うん、忘れない。そして、わたしたちの仲間、ライカのことも絶対に忘れない。いや、忘れることなんて出来ないよ」               わたしはライカへの鎮魂を伝えるために、星空に向かって遠吠えを幾度となくした。すると、それに気づいた仲間たちが遠くの山々から合図をくれ、わたしたちはライカの死を悼むための詩をその夜うたい続けた。



       

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