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辿ってゆくと…

「アートメルヘンと創作の森」さんが書いてられる
「『山椒大夫』も『羅生門』もモノクロ画像がたのしかった」を読んで
「もとき」さんの写真に辿り着いた。

 アートメルヘンさんが書かれている中の「羅生門」を私は観ていた。
当時の私は若かったので、あの映画の内容がまだ理解できなかったけれど、女優 京 マチ子の美しい妖艶さと迫力ある映像を、衝撃をもって記憶していた。モノクロ映画の背景が森の中、つまり木々の葉や樹木だけのシンプルな場所で繰り広げられる深くて濃い中味が、内容とは裏腹に とても美しく印象に残っていた。
これは ひとえに宮川一夫キャメラマンの才能だと、アートメルヘンさんの意見に頷いている。

後年、「羅生門」という本を何回も読み、女の複雑な心理をようやく理解することが出来、それ故にこの作者芥川 龍之介に感心したことを思いだした。しかし、それ以上に 映像のすごさを知ったのだ。

この中で「もとき」さんの写真を 推奨されていたので、「もとき」さんへ飛んだ。

「もとき」さんの写真は とても懐かしいモノクロの写真だった。

私のひと回り上の兄が「土門 拳」に憧がれ、学生時代に写真にはまって、現像室まで作っていたこともあり、写真を拝見しているうちに懐かしく次々と見とれ心を奪われているうちに、どなたから「もとき」さんに辿り着いたのか、わからなくなってしまって、もときさんに教えていただいたくらいだった。


 一夜明けて、4時に目覚めた私は夜明けの薄明りのなかで、電気もつけずにメモっていた。

「人間にだけ備わっている【想像力】こそ、唯一神から与えられたものである。

モノクロの美しさは あてがい口のカラー映像より、より深い色を想像することができる。
黒澤 明という優れた監督は 宮川一夫キャメラマンと共に映像の世界の中に深い情緒や激しい情念を描いた。
くつがえせば、モノクロなればこそ表現をより深く迫力を加えられたのではないか?と、私は思う。

【山椒大夫】では、川を渡るシーンでわざわざ川に墨汁を加えた。と、  アートメルヘンさんは解説されている。

まさにモノクロは墨絵の世界なのだ。


 現代、『人は想像力の欠如』を来たしてきているのではないか?
そのことに不安を感じている。

科学技術が進み。AIロボットに頼ることもいいのだが、AIロボットは全て 過去のデーターを詰め込んだ予知行動であって、想像力の賜物ではない。

AIに頼り、便利になればなるほど、益々人の想像力は萎えるのではないか?

人間の想像力が萎えることによって『人間の絶滅危惧』の懸念も益々深まるのではないか?を 私たちは知らなければいけないのかも知れない。」

というところに、辿り着いた。





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